6.黒猫、来る

 ほどなくして駅に着くと、シャーロットはウィーズリー兄妹とひとときの別れを告げ、全員が降りたのを確認してからホグワーツ特急から降りた。そしてポケットから取り出した白いハンカチに杖を振り、白フクロウに変えると、汽車の中で起きた出来事を簡単にまとめた手紙をくくりつけ、フクロウごと防水呪文を唱えて空へと放った。これでダンブルドアへの報告も完了だ。
 まだガヤガヤと混雑している駅のホームで、シャーロットは大きく背伸びをした。
「イッチ年生!イッチ年生はこっちだ!」
 ハグリッドの声が遠くに聞こえた。一年生はポートに乗り、それ以外の生徒はセストラルの馬車に乗って城に向かっていく。見慣れた光景だ。五十年前と何一つ変わっていない。
 だが、シャーロットはそのどちらの方法も選ばなかった。
「アクシオ!」
 力強く唱え、風と雨の吹き荒れる空を見上げる。するとしばらくして、雷のごとく暗黒の空間を穿ち、こちらへ真っ直ぐに急降下してくるものが見えた。それはシャーロットを見つけると、手の中へと飛び込んできた。
「偉いわ、シルバーレイ」
 防水魔法をかけてあるとはいえ、さすがに愛すべき箒は湿っていた。杖を振って乾かし、シールドを貼って箒に跨る。シルバーレイはシャーロットを乗せ、再び真っ暗な空へと舞い上がった。
「やっぱり、これが一番ね」
 自然と笑顔が出てしまう。やっぱり、箒は最高だ。シャーロットは吹き荒れる雨風の中をすいすいと進んでいった。ホグワーツの城壁が近づき、眼前に迫って来ると、異様な光景が現れた。闇に混じって漂う、不吉な影、影、影。それらはすべて吸魂鬼だ。気丈なシャーロットでも、さすがに鳥肌が立った。
 守護霊を作り出し、頼もしい銀色のヒョウとともにセストラルが引く馬車の上を飛んでいく。ホグワーツ城へと入ると、吸魂鬼たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「まったく、嫌な警備員だわ」
 まだ年度初めの宴会には時間があるだろう。ダンブルドアへの報告は、既にフクロウを飛ばした。シャーロットは一旦自分の部屋へと戻り、髪や化粧を直してから再び玄関ホールへと降りて行った。
「シャーロット!」
 ちょうど廊下を曲がったところで、声をかけられた。聞き覚えのある声だ。だが、人の声ではない。
「フィン?」
 振り返ると、一匹の黒猫がこちらに駆けてくるのが見えた。
「あら、どうしてここに?」
 びしょ濡れのフィンに杖を一振りしながらシャーロットは尋ねた。魔法のおかげですっかり乾いたフィンは、前足で気持ちよさそうに頭を掻いた。
「もちろん、ホグワーツ特急に乗ってさ」
「私はあなたがここに来た理由を訊いているの」
 屈みこみ、じっと黄金色の瞳を見つめる。ふいっと目を逸らしたフィンに、シャーロットは彼が何か隠していることを確信した。
「何でかって、そりゃあ……ちょっとね。野良猫生活に嫌気がさしたのさ。この間なんかでっかいフクロウと一時間半に及ぶ格闘の末、結局晩飯持っていかれたし。……で、優雅な生活を満喫してるだろう君のところに、しばらくご厄介になろうと思って」
「あなたの世話をするのは一向にかまわないわ」
 シャーロットはにっこり笑った。
「――でも、あなた、何を隠しているのか言いなさい」
 あからさまにフィンの尻尾が動きを止めた。
「な、何のことかな?」
「とぼけても無駄よ」
 逃げられないようにしっかりとフィンの身体を掴まえて、さらに顔を近づける。シャーロットは猫語(カットゥスタング)に切り替え、詰問した。
「あなたが、シリウス・ブラックの脱獄を手伝ったの?」
「それはいくらなんでも無理!」
 フィンは即答した。
「あんな絶海の孤島の――しかも吸魂鬼がうようよいるところなんて、行けるわけないだろ!俺の繊細な神経がボロボロになっちまう!」
「あら、そう」
 どうやら嘘は言っていないようだ。
「それで、脱獄したシリウス・ブラックは無実なんでしょう?あなたはどうする気なの?」
「――この件には、シャーロット、君は関わりを持たない方が賢明だ」
 フィンは真剣な口調でそう言った。
「君はリドルの親友だ。そしてあいつは――リドルの部下だと思われている。しかも君と同じブラック家の人間だ。下手に関わると、君も罪に問われるんだ」
「そう。それで?」
「だから言ってるだろう!この件には関わるな!」
「――どうしても?」
「どうしても、だ」
 魔女と猫は視線を逸らさず、無言の攻防が続いた。生憎、マーリンの守護とやらを受けたフィンに「開心術」は使えない。
「そうはいかないわ。もし、シリウス・ブラックが生徒に危害を加えるならば、私はそれを全力で止めなければいけないもの──ホグワーツの一教諭としてね。答えなさい、フィン」
 常にないシャーロットの高圧的な物言いに、フィオルは抵抗を試みたが、がっしと両腕を固定されたまま見つめられるとどうしようもなかったらしい。ついに、ヒントらしきものを口にした。
「……これだけは言える。シリウス・ブラックはけっしてホグワーツの生徒を襲ったりしない。特に、あのハリー・ポッターという少年は」
「確実ね?」
「確実だ。俺を誰だと思っているんだ。百万回死んだ『偉大な』猫だぞ」
 シャーロットは嘆息した。
「そう。なら、いいわ」
 フィンがそう言うのなら、その言葉を信用しよう。彼が本当に百万回死んだ「偉大な」猫であることを、シャーロットはよく知っていた。
「……それより、いいのか?行かなくて。もう宴会が始まるだろう」
「えっ、もうそんなに経ってる?」
 シャーロットはローブからアンティークの銀時計を取り出して時間を確認した。……まずい、もう予定の時間を過ぎている。
「嘘、アルバスはともかく、ミネルバとスネイプ教授に何て言われるか!」
 あーあ、と言わんばかりの哀れんだ目でフィンがシャーロットの方を見た。
「来なさい、フィン!」
 シャーロットは肩に黒猫を乗せると、慌てて大広間へと向かった。






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