4.ホグワーツ特急の生徒たち

 ホグワーツ特急の車内は五十年前と変わらず騒がしかった。久しぶりの再会でお土産を渡し合ったり噂話に興じる女の子の集団、高い声ではしゃぎながら通路を駆け回る男の子たち、そしてそれを何とか諌めようと監督生がバッジを光らせる。
 ――人間て、本当に進歩しない生き物ね。
 そんなことを考えながら歩いていると、指笛を鳴らされたり声をかけられたりして面倒だったので、シャーロットは自分で作った存在感消失呪文を唱えてから目的の人物を探し始めた。
 目的の人物――すなわち、ハリー・ポッター。
 リドルを倒し、秘密の部屋のバジリスクにさえ打ち勝った少年。
 実をいうと、シャーロットは夏休み前にハリー・ポッターに会い、直接話をしていた。もっとも、その時のシャーロットは鮮やかな変身術で年齢も性別も髪や瞳の色さえ変えていたので、この姿では初対面ということになる。ちなみに、変装して近づいたのは同じ年頃の同性の方が話しやすいだろうと考えたのと、万が一自分とリドルの関係がばれた時に必要以上に警戒されたくなかったからだ。
 ――しかし、解せない。
 シャーロットの見た限り、ハリー・ポッターは特別カリスマ性に溢れているわけでも、特殊な能力を備えているわけでもないようだった。ごく普通の、クィディッチ好きの男の子。シャーロットはそんな印象を受けた。
 だが、先生や生徒たちの噂によれば、「生き残った男の子」として入学当時から有名であり、一年時には賢者の石をリドルから守りきったという功績で一目置かれ、二年時にはパーセルマウスであることが判明し、そのため秘密の部屋の継承者と疑われていたが、親友のために怪物を倒した――等々、武勇伝に事欠かない。いかにも小さな英雄といったところだ。
 この差は何なのか。
 シャーロットはそれが不思議でならなかった。自分の見解が間違っているのだろうか?いや、彼が普通の少年であることには疑いの余地がない。何しろ「開心術」を使って見たのだ。覗き見た彼は、グリフィンドール生らしく勇気があり、行動力もある男の子だった。悪辣な環境で育ったために精神的にタフだし、謙虚で、とても好ましい性格をしている。しかし魔法の技術において特殊な才能を持っているわけではないようだった。パーセルマウスの能力は、リドルが彼を攻撃した時に彼の一部が移ったもの――ダンブルドアはそう考えている。
 ではどうして普通の少年が賢者の石を守り抜き、バジリスクを倒すことができたのか?
 前者は仲間の協力と母親による愛の魔法、後者はフォークスと組み分け帽子の助けがあった。しかしそれも偶然とは思えない――ダンブルドアのいるこのホグワーツでは。
 偶然ではないなら、それは仕組まれたものだ。
 それは、つまり――ダンブルドアはわざとハリー・ポッターを危険に立ち向かわせている、ということだ。
 だとしたら、何のために――?
 夏中何度も浮かべた疑問を考えながら歩いていると、いつの間にか最後尾の車両にまでやって来てしまっていた。最後のコパートメントを覗き込むと、シャーロットはやっと目的の人物を見つけた。ハリー・ポッター、ロナルド・ウィーズリー、ハーマイオニー・グレンジャーの三人組と――もうひとり、継ぎはぎだらけのローブを着て熟睡している、白いものが交じった鳶色の髪の男性。どう見ても生徒ではない。なら――。
 ふと彼の頭の上にある荷物棚を見る。これもかなり年季が入ったカバンに、R・J・ルーピン教授と剥がれかけた文字が押してあった。
 ――この男が、ルーピン教授?
 シャーロットはまじまじとルーピンを観察した。小汚いローブの上からでもその身体がとても貧相なことがわかり、まるで病人のように見える。ダンブルドアの言っていた「わけあり」とは病気持ちだということだろうか。
 しかし何にせよ、ハリー・ポッターと同室に「闇の魔術に対する防衛術」の教師がいるのならば吸魂鬼が来ようが脱獄犯が来ようが心配はないだろう。親友たちと雑談を交わす黒髪の少年をちらりと一瞥し、シャーロットは自分のコパートメントへと戻っていった。
「あ、ブラック先生!」
「お帰り!」
 存在感消失呪文を消した途端、双子がぴょこりと顔を出した。それにもうひとり、赤毛の女の子が増えている。
「この子はジニー。わがウィーズリー家の末っ子にして兄妹の紅一点。席が見つからないっていうから入れたんだけど――」
「かまわないわよ、もちろん」
 シャーロットはにっこり笑ってジニーに向き直った。
「こんにちは、初めまして。私はシャーロット・ブラック。今年からホグワーツの助教授として働くの。よろしくね、ジニー」
「は、はい!よろしくお願いします!」
 ジニーはそばかすの散らかった顔を真っ赤に染めながら答えた。するとジョージが不思議そうに訊いた。
「そう言えばさ、ブラック先生ってあのシリウス・ブラックと家族か何か?」
 隠す必要もないだろう。シャーロットは杖をくるりと回しながら肯定した。
「遠い親戚よ。でもあなたたちを襲ったりしないから安心して頂戴」
「先生になら襲われたいよ」
「違う意味でね」
「あら、私は激しいわよ?襲うなら死ぬ覚悟で襲って来なさい」
 そう言って受け流すと、双子は「ワーオ」とけらけら笑い、ジニーは何故かキラキラした眼差しでこちらを見つめてきた。
 その後はウィーズリー兄妹と雑談にふけったり、ゲームをしたりしながら時間を過ごした。
 途中で双子が友達に会いに行くと言っていなくなると、ジニーにあれこれ質問攻めにされたが、別段苦にはならなかった。どうやらジニーは最初は人見知りしてしまうものの本質的には大胆な性格らしいことも、そしてどうやらハリー・ポッターに恋してるらしいということも、話しているうちにわかってきた。シャーロットは可愛らしい恋愛相談に快く応じていたが、フレッドとジョージが友達を引き連れて戻ってきたのでそれは中途半端なところで終ってしまった。
 やってきたのはみんなグリフィンドール生で、リー・ジョーダン、アンジェリーナ・ジョンソンにケイティ・ベルの三人だった。女の子ふたりはクィディッチの選手で、リーは試合の実況係だというので、人口密度の上昇したコパートメントでは熱烈なクィディッチ談義が行われた。シャーロットももちろん嬉々としてその輪に加わったが、窓の外へ向ける注意は決して怠らないようにしていたので、いつもより随分大人しかった。
 やがてホグワーツが近くなり、客人たちは着替えるためにコパートメントへと戻っていった。ウィーズリー兄妹が着替え終わる頃には、窓の外は分厚い雨雲ですっかり暗くなり通路と荷物棚のランプに灯りがつくような有様だった。激しい雨音が列車を叩き、風は獣のような唸り声を上げていた。
「そろそろ、着く頃よね?」
「ああ、もうすぐだと思うぜ」
 フレッドがそう言った途端、汽車が急に速度を落とし始めた。背筋に嫌な予感が走る。
「何だ?」
「もうホグワーツ?」
「――いえ、まだのはずよ」
 シャーロットは杖を構え、窓の外を窺った。景色は深い闇色に覆われて、見通しがまったく利かない。でも――感じる。
「じゃ、何で止まるんだ?」
 フレッドが首を傾げたのと汽車が止まったのはほぼ同時だった。そしていきなり灯りが消え、視界は暗闇に包まれた。






prev next
Top

bkm


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -