3.初仕事

 あっという間に――まるでクディッチの試合中のように早く――夏休みは過ぎた。
「『時はガリオンなり』と言うのは本当ね」
 シャーロットはキングス・クロス駅の九と四分の三番線でしみじみしながらこの夏を振り返った。
 一か月ほど前、ダンブルドアにこのホグワーツ特急に同乗するよう頼まれたシャーロットは、別段断る理由もなかったので、ひとつ返事で引き受けた。
 夏休みの間中、シャーロットはやっぱり本と羊皮紙と薬品類に埋没した生活を送った。特に、あの嫌みが身体に取り憑いているようなセブルス・スネイプの補佐になる「魔法薬学」の知識については完璧に近い状態でいたかったし、闇祓い志望であった以上無様な真似は見せられないと「闇の魔術に対する防衛術」はさらに何にでも応じられるよう努力を怠らなかった。
 シャーロットはきょろきょろと車両番号を確かめながらプラットホームをしばらく歩くと、真ん中の車両を見つけ、するりとホグワーツ特急に乗り込んだ。
 この初仕事の目的は、一種の保険のようなものだった。それはつまり、シリウス・ブラックがハリー・ポッターを襲ってきた時、そして――あってほしくはないが、万が一、城の警備をしているディメンターが生徒たちに危害を加えてきた時のため、その二つの警戒にあたれというのがシャーロットに課せられた仕事だった。
 本当はハリー・ポッターを見つけてそのコパートメントに居座るのが望ましいが、列車が動き出してから探しても構わないだろう。
 荷物を置き、シャーロットは何気なく窓の外に目をやった。生徒たち、そしてその両親が別れを惜しんでいる。
 両親、か――。
 あまりベタベタと接するような親ではなかった。父はいつも偉そうにブラック家の矜持を忘れないようくどくど言っていて、自分は心底うんざりしながらそれを笑顔で受け流していたものだ──。
 ふいに、ぴょこりと二つの顔が窓の外から覗いた。
 シャーロットは驚いた──突然の出現にもだが、それより何より、その二つの顔が瓜二つだったからだ。燃えるような真っ赤な髪に、ソバカスを散らばらせたその顔は、くりくりとした目いっぱいに好奇心を輝かせていた。
「おやおや?」
「見ない顔だね」
「君、何年生だい?」
 双子か──それにしても何て息がぴったり合っているんだろう。シャーロットはくすくす笑った。
「残念だけど私、もう生徒じゃないのよ──今年からホグワーツで働くことになっているの。これでも先生なのよ」
 すると二つのよく似た顔は目をぱちくりさせ、「っしゃー!!!」と叫んで肩を組んだ。
「先生!先生だってさ。聞いたかい、ジョージ!」
「ああもちろんさフレッド。ようやくホグワーツ教師陣の中にも花が咲くんだね!」
「そうとも。枯れた園に咲く一輪の薔薇!その美しさは他の追随を許さず!」
「何人たりともその気高さを汚すことなどできやしない!」
「ああ、なんって素晴らしい!!」
 口上のコンビネーションの巧みさは、さながらサーカスのピエロのようだ。シャーロットは吹き出したいのを必死にこらえて、くくくと笑うに留まった。流石に教師がバカ笑いしてはまずいだろう。
「名前をお聞きしてもよろしいかしら?」
「ああ、何という無礼を!どうかお許し下さいませ、麗しき先生様!」
「申し遅れました、わたくしたち、双子のウィーズリーと申します!」
「こちらががフレッド」
「こちらがジョージ」
 ……ウィーズリー、か。そのファミリー・ネームに思うところはあったが、シャーロットは双子にっこりと笑いかけた。
「フレッドにジョージね。よろしく。あら?」
 ふと視線を下にやると、古ぼけたトランクが二つ転がっていた。
「あなたたち、まだコパートメントを見つけてないの?だったらここにいるといいわ。私ひとりじゃ広すぎるし、あなたたちとなら退屈しそうにないもの」
 嫌なら無理に引き留めはしないけど、とシャーロットは付け加えようとしたが、その台詞は、「ああ、まさに、女神のようなお慈悲!」という見事なコーラスによって掻き消されてしまった。
 フレッドとジョージは、シャーロットの予測通り、確かに退屈しない相手だった。
 そのおしゃべりは軽快で、まるでノリのいい音楽を聴いているようだった。話題も豊富で、何と七人もいる兄弟の話から始まり、たわいもない悪戯(この時シャーロットは話半分にしか聞いていなかったが、数日後にはそれが全て真実だったことを知る)、友達の話──そしてクディッチのくだりになると、話は一気に盛り上がった。
「俺たち、人間ブラッジャーって呼ばれてるんだ!」
「ああ、去年は本当に残念だったよな──」
「あの騒動がなきゃな──」
「そうだ、先生は知ってるかい?うちのチームのシーカーが誰か──」
 シャーロットが首を振ると、にやりと笑ってふたりは目配せし合った。
「聞いて驚きなさいますな!」
「彼こそまさにわがグリフィンドールの新星!」
「箒にまたがり空を駆けるその姿はまさしくスター!」
「何を隠そう──」
「彼の名は──」
 フレッドとジョージが同時に声を張り上げようとした瞬間、汽笛が鳴って列車が動き出した。
 ハリー・ポッターもすでに乗っていることだろう。双子の話は途中だったがシャーロットは立ち上がった。
「ごめんなさい、ちょっと用事があるの」
「えー、そりゃないぜ!」
「また後で。戻ってくるから、良い子にしててね?」
 くすりと笑ってコパートメントを出る。双子はまた何か大げさに騒いでいたが、放っておいてかまわないだろう。
 ――さて、英雄様のご尊顔を拝みに行きましょう。
 





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