1.シリウス・ブラックの脱獄

 ホグワーツの教授たちは、生徒よりも少し遅れて休みに入る。
 しかし、教授の中にはホグワーツに居残る者もいる。大勢の屋敷しもべ妖精がいるので、自宅に戻って過ごすよりもホグワーツで生活するほうがずっと楽なのだ。ダンブルドアやスネイプらは当然のようにホグワーツに残っていたし、マクゴナガルもしょっちゅう顔を出していた。
 シャーロットは居残ることに決めていた。あのお化け屋敷のようなグリモールド・プレイスでひと夏を過ごすのは拷問のようなものだし、それより何より、図書館でこの五十年の間に進歩した魔法界の知識を叩き込んでおきたかったのだ。司書のマダム・ピンスはバカンスでいなかったので、心おきなく図書館ライフを送ることができた。
 書物は多くのことを教えてくれたが、何より驚くべきは、マグルの急速な科学的進歩だった。中には、ほとんど魔法のようなことまで実現可能になってきている。これでは魔法使いたちもうかうかしていられない。シャーロットは時々ホグワーツを飛び出してマグル界を実際に見て回った。マグル界には色々面白いものが溢れていて、特にシャーロットは「パーソナルコンビュータ」と「携帯電話」というものが気になったのだが、そういった製品はホグワーツに持ってくると魔力にあてられて壊れてしまうことを思い出し断念した。
 そして何百冊と本を読む中で、シャーロットはひとつの驚くべき事実を発見した。なんと、どの本にも──「魔法界何でも辞典」にでさえ──ヴォルデモート卿の名が記されていないのだ。全て、「例のあの人」とか「名前を言ってはいけないあの人」という曖昧な表現だ。
「最も偉大な闇の魔法使いとして、僕の名は轟くだろう。その名を口にすることにすら恐怖を与えるような魔法使いに、僕はなる。そう――」
 不敵に笑ったリドルの言葉は、本当に実現してしまったのだ。チクリと胸元が痛んだような気がして、シャーロットは嫌な気分になった。
 そう、あの正体不明の「印」のこともシャーロットは調べていた。だが図書館にもブラック家から持ってきた本の中にも、今のところそれらしき文献は見つからなかった。自分の勉強の傍ら、シャーロットは膨大な量の書物を読んでいたが、さすがに図書館の本全てを制覇するには時間がかかる。
 七月も半ばを過ぎたある日、いつものように図書館で分厚い書物と睨めっこをしていると、静かだった館内にカツカツと慌ただしい女性の足音が響いてきた。
「シャーロット!そこにいますか」
 マクゴナガルの声だった。シャーロットは「近年に見つかった画期的な薬草とその効用」の七十九ページ目をめくろうとしたところだった。
「どうしたのですか、ミネルバ」
「校長がお呼びです──ああ、実に大変なことに!」
 珍しく余裕がない様子だ――本当にどうしたのだろう。リドルのことで何かわかったのだろうか。
「何かあったのですか?」
「なければこんなに慌てやしませんよ──とにかく、行けばわかります。いらっしゃい」
 何冊もの本も羊皮紙もそのままに、シャーロットはマクゴナガルの背を追った。
「おお、来てくれたか。ありがとう、ミネルバ」
「いったい、何事ですか?」
 校長室に着くなりシャーロットは尋ねた。ダンブルドアは単刀直入に言った。
「実はアズカバンから、シリウス・ブラックが脱獄したのじゃ」
「シリウス・ブラック──?」
 シャーロットはどきりとした。アズカバンを脱獄する術があったことに驚きもしたが、何よりフィンの一件から、シャーロットは他の誰でもないシリウス・ブラックその人についてシャーロットは色々と調べていたのだった。
「……そう、俺は探しているんだ。無実の罪でアズカバンに送られた、今の主――あの馬鹿野郎を救う証拠を」
 フィンの言う今の主、シリウス・ブラックのことについても、シャーロットは様々な文献をあさってみた。しかし、闇の最盛期であったことが災いして、シリウス・ブラックは裁判にかけられた記録さえなかった。結局わかったのは、彼が十二人のマグルを殺し、ピーター・ペティグリューという魔法使いを殺したという罪状だけ。
「確か……彼は兄の孫にあたると、おっしゃっていましたよね?」
「そうじゃ。君を除いた、ブラック家最後の生き残りじゃ」
 シャーロットは皮肉を感じずにはいられなかった。かくも高貴なるブラック家の行く末が、これか──。今は大人しくしている肖像画の父の胸中は、いったいどうなっていることだろう?
 しかし、これはまたシリウス・ブラックについて情報を得る格好の機会だった。シャーロットはさりげなく尋ねた。
「どんな子だったんですか?」
「優秀な生徒でした。天才肌で、何でも器用にこなして、自然と注目を集めてしまうような――とても人気のある子でした」
 ダンブルドアの変わりにマクゴナガルが答えた。いつものきびきびした声が、かすかに沈んでいた。
「ただ、相当な悪戯っ子でした……本当に、ほとほと手を焼いたものです」
「君は彼の寮監だったからのう」
「ミネルバが?では、彼はグリフィンドールに組み分けされたのですか?」
「いかにも」
 シャーロットはとてもシリウス・ブラックに親近感を覚えた。スリザリンに入らなかった──それは、ブラック家の者としては、とても珍しい例だ。たいていの者は、組み分け帽子を被るその時までにたっぷりとスリザリン的な価値観を植え込まれていて、帽子が振れるか触れないかのあたりでスリザリン行きが決まる。
「それで、いったい彼は何故アズカバンに──?」
「彼は、トムの部下だった。彼のスパイだったという」
 リドルの──ヴォルデモートの部下。シャーロットは学生時代の彼を信奉していた崇拝者たちの顔を何人か思い浮かべた。
「トムがその手にかけたポッター夫妻の親友だった」
 ダンブルドアの青い目がじっと遠くを見ていた。ちらりと横目でマクゴナガルを見ると、彼女も少し目を赤くしていた。
「儂は、未だに信じられない──だが、彼がポッター夫妻の秘密の守人だったことは確かなのじゃ。まあ、結果的には、トムがその息子のハリーに魔法を跳ね返されて、平和が戻ってきたのだが──その後、シリウス・ブラックは逆上してかつての友人とマグル十二人を一度に殺したと言われておる」
 静かな声に、ため息が混じった。
 するとダンブルドアのテーブルの上に、一枚の手配書きがあるのにシャーロットは気づいた。この頬のこけた男が──シリウス・ブラック。
「それでじゃ、シャーロット。君はシリウス・ブラックと一度も面識がないが、歴とした血の繋がりがある。それで念のために魔法省が面会したいと申し出ておるのじゃ」
「わかりました。面会するだけでよろしいのですか?」
「それだけで十分じゃよ。では、四時にホグズミードに向かおう。そこでコーネリウス・ファッジと待ち合わせておる」
「ファッジ?魔法大臣の、コーネリウス・ファッジですか?」
 シャーロットは驚いて尋ねた。この前のスクリムジョールの時も思ったが、何故こうもほいほいと責任者が顔を出してくるのだろう。仮にも大臣たるものが、シリウス・ブラックに縁ある者だからといって、わざわざ面会にくる必要があるのだろうか?
「ことは君が考えているよりずっと大事なのじゃよ──」
 心なしか、ダンブルドアの顔色が曇ったようだった。






prev next
Top

bkm


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -