18.ハリー・ポッターと謎の少年
 あの「秘密の部屋」の事件が起きてからあっという間に時は過ぎていった。父親が理事を辞めさせられて宿敵ドラコ・マルフォイは威張りくさって歩けなくなったし、ジニー・ウィーズリーはもうすっかり回復してみんなを安心させていた。
 変わったことと言えば、「闇の魔術に関する防衛術」のクラスがなくなったことと、ハーマイオニーが図書館で会ったという上級生を探しているのになかなか見つからないと首を捻っていることくらいだった。
「とっても素敵で、頭の回転が速くって、博識で――」
「そんなパーシーみたいな奴のこと忘れろよ」
 ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は今年度の最後の宴に大広間に向かっているところだった。ハーマイオニーはまた例の探し人について熱く弁舌を繰り返していたので、ロンとハリーは辟易していた。
「そんなんじゃないの!――誤解しないでね、パーシーが悪いっていうことじゃないわ。でもシャーロットはもっと素敵なの!」
「それでもスリザリンなんだろう?その人」
「あなたはいつも偏見を持ち過ぎよ、ロン!スリザリンにだって、少しは――ごく稀には、良い人だっているはずよ!現に、シャーロットはそうだった!」
「落ち着きなよ、ハーマイオニー」
 ハリーは苦笑しながら興奮気味の親友をなだめた。しかしそれは逆効果だったようだ。
「落ち着いてなんかいられないのよ、ハリー!だって私としたことが、学年を訊いてなかったんですもの!もし彼女が七年生だったら、もう卒業してしまうのよ!」
「君、ロックハートの次はスリザリンの上級生に首ったけって、やっぱりちょっとどうかしてるんじゃない?」
「いいえ、ロン、あなただってシャーロットを一目見たら忘れなれなくなると思うわ。彼女はとっても美人なんだから!」
 ギャーギャーやり合うロンとハーマイオニーに挟まれ、ハリーは肩をすくめながら大広間の扉を潜った。ロックハートみたいなスリザリン生なんてごめんだ、というのがハリーとロンの共通した意見だったが、ハリーはハーマイオニーに噛みつかれるのもごめんだった。さっさとグリフィンドールの空いている席を見つけ、座ろうとした。
「君がハリー・ポッター君?」
 振り向くと、そこにはひとりの少年が立っていた。見覚えのない生徒だったが、それでもびっくりするぐらいハンサムな顔立ちにハリーは思わず息を呑んだ。ハリーには絶対真似できないやり方で、前髪がはらりと目にかかっている。
「……そうだけど」
「隣に座っても?」
 ハリーが答える前に少年はにこっと笑って隣の席に滑り込んだ。なかなか強引な性格だ。
「君は?」
「名乗るほどの者でもないさ。ねえ、君、カボチャジュースは好き?」
 ロンもハーマイオニーも少年に呆気に取られていたが、「君たちも座りなよ」と声をかけられて正気に戻った。ハーマイオニーは少年に微笑まれてほんのり頬をピンク色にしていたし、ロンはこういう時だけ目敏くそれを見つけて眉を吊り上げている。
「僕、前から君と話してみたかったんだ」
「ちょっと、君、何なわけ!?」
 ロンがプンプンしながら会話に割って入ってきた。少年は気分を害した様子もなく、愛想よくロンに答えた。
「ああ、君のことも知ってるよ。有名だもの。ハリー・ポッターの親友で、学校一のチェスの名手のロナルド・ウィーズリー君。暴れ柳に空飛ぶ車でつっこんで生還したんだよね?」
「うん、まあ、そうだけど」
 つらつらと耳触りのいい言葉を並べられ、ロンはそばかすだらけの顔をにやつかせないよう必死になっていた。
「それから君はハーマイオニー・グレンジャーさんだよね?学年一の秀才の」
 ハーマイオニーはポーッと少年の顔に見惚れていたが、「そ、そんなことないです」とジニーのように小声になって俯いてしまった。
 やがてダンブルドアが立ちあがり、グリフィンドールに寮杯が渡されると、大広間はお祭り騒ぎになった。少年は長い机に並べられたごちそうを綺麗に平らげながら、ロンから色々な話を聞かされていた。空飛ぶフォード・アングリアの話から、マグルの車の話、どこのクィディッチ・チームのファンか、など――彼の話し方は軽妙で面白く、ロンとハリーは気づけば彼と意気投合していた。ハリーは始めこそこの得体の知れない少年の目的が何なのか測りかねていたが、もうそんなことはどうでもよくなってしまっていた。
「やっぱり君もそう思う!?」
「当たり前だろう?最優秀選手に選ばれたっておかしくないよ」
「だよなー!あ、じゃあさ、イングランドはどう思う?僕はハッキリ言って、駄目だと思うんだよね。欧州大会でだってベスト四にも残らなかったんだぜ!?もう二年を切ってるってのにさ!」
「まあ、予選には何とか残れると、僕は見てる。ハリーはどう思う?」
「うーん、僕はあんまり見たことないんだよね、プロの試合って。マグルの叔父さんたちに育てられたからさ」
「そうなんだ。じゃあ、マグルのスポーツが好きなの?フットボールとか、バスケットボールとか?」
「何だい、それ?」
「前にも言ったじゃないか、ロン。ほら、フットボールは手を使わないでボールをゴールに入れるゲーム。バスケットは……」
 とにかく彼は会話を弾ませるのが上手かった。どうやら魔法族育ちらしいが、マグルのこともよく知っている。時々ハーマイオニーにも話題を振るのだが、珍しく女の子っぽくしおらしくなってしまった彼女はあまり上手に言葉が返せないようだった。
「ねえ、『秘密の部屋』の事件、解決したの君たちなんだろう?詳しい話、聞かせてよ」
 だから少年がそう言い出した時には、ロンはすっかり警戒心を解いてしまっていた。ハリーは話すのを躊躇ったが、ロンは得意げにハーマイオニーがバシリスクだと気づいたこと、残されたメモから女子トイレのパイプを探しだし、秘密の部屋を見つけたことを語った。
「さすがだね、ロナルド」
「ロンでいいよ」
「じゃあ、そうする。それで、ロックハートはどうなったの?」
「ああ、あいつね。ホントに傑作さ。僕に忘却呪文をかけようとしたんだけど杖が壊れていて逆噴射したんだ!もう自分が何をしてるのかもわかってなかったよ」
「アハハ!最高だね、それ!」
「だけど、その勢いで壁が崩れちゃってさ。ハリーはジニーを助けるために秘密の部屋へ、僕はハリーが戻ってこれるように瓦礫をひちすら掘り進めたってわけ。もちろん、信じてた――絶対ハリーはジニーと一緒に戻って来るって。そしてそのとおりになったんだ」
「へえ――ロン、君ってすごいね。そんな場面で友達を信じて待つなんて、なかなかできることじゃないよ」
 目をパチパチとさせて少年が感嘆すると、ロンは得意げな顔つきで「そうかな」と言いながら鼻の頭をポリポリと掻いていた。耳は真っ赤で、ものすごく喜んでいるのがわかる。
「それで、秘密の部屋からどうやって生還したんだい?ハリー」
 ハリーは口ごもりながら当たり障りのない話をした。不死鳥のフォークスが持ってきてくれた組み分け帽子の中からグリフィンドールの剣が出てきたこと、それでバジリスクを突き刺したこと――「例のあの人」の記憶のことは省いて、そう伝えた。
 少年は目を丸くして「すごいなあ」としきりに感心していた。ハリーは「そんなことないよ」と笑ったが、少年の真っ直ぐな瞳に心の奥まで見透かされているような気がして、何だかお尻のあたりがむずむずした。
 ふいにハリーが職員テーブルの方に視線を向けると、スネイプが暗い目でこちらをじっと見ているのに気づいた。スネイプから睨まれるのは慣れているが、どうやらその対象はハリーではなく隣の少年であるようだった。少年はそれに気づいているのかいないのか、ハリーにはよくわからなかった。
 と、その時スネイプが席を立った。視線はこちらに向けられたままだ。
「あ、ちょっとごめん」
 同時に少年がひょいっと身を浮かせて立ちあがった。
「どうしたんだよ?」
 話し足りなそうな顔でロンが口を尖らせる。
「ちょっと野暮用。――またね、ハリー、ロン、ハーマイオニー」
 そう言って微笑むと、少年は足早に大広間を出て行った。
 スネイプの方を見ると、少年の出て行った方を凄まじい顔つきで凝視している。
「トイレかな?」
 のんきにローストビーフを貪るロンを、ハーマイオニーが「最低」と言ってじろりと睨んだ。彼がいなくなったことで言語機能が治ったらしい。
「ごきげんよう、ハリー・ポッター。また来年、お会いしましょう」
 ふと、涼やかな女の声が囁いたような気がしたが、騒がしい宴会の最中でそれが何処から聞こえたのかはすぐにわからなくなってしまった。




- 秘密の部屋編 End -


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