17.再会と和解、依頼と承諾

 ところが一方ハグリッドは、何故こんなところにいる少女が自分の名前を知っているのかさっぱり見当もつかないらしい。彼がシャーロットを覚えていないのも無理はないだろう。何せ、五十年も経っているのだ。ハグリッドは怪訝そうに首を傾げ、ダンブルドアの顔を見た。
「この子は誰ですかい、先生様?俺を知っちょるようだけども──?」
「ハグリッド、君が学生の時を覚えているかの?」
「はい?何のことで?」
 この対面の危うさに気づいたマクゴナガルが残っていた教師たちを身振り手振りで職員室から追い立てた。彼らがぞろぞろと出て行くのを待ってから、ダンブルドアはもう一度問い直した。
「君の在学中、スリザリンのクィディッチのシーカーを務めていた生徒を覚えているかの?」
 ハグリッドは可愛らしく首を傾げ、少々戸惑いながらも問いに答えた。
「そりゃあ、ほんっとうにずいぶんと昔のことですが、覚えちょりますわ。先生様。あん時は、クィディッチ杯も寮杯も、何年間もスリザリンに奪われとりました。いやあ、しかし敵ながらあん時のスリザリンのシーカーは飛び抜けて上手かった──確か、きれいな黒髪の女の子。おれンみたいな劣等生にも、何回か声をかけてくれた──うん、きれいな子だった──ですけんども、それが何なんですかい?」
「彼女なんじゃよ」
 シャーロットを示し、ダンブルドアは言った。ハグリッドは言われたことがよく飲み込めないらしく、しばらく目をぐるぐるとさせながらシャーロットを見下ろしていた。
 じわじわと鈍くシャーロットの胃の底が痛んだ。こめかみもちくちくと痛む。罪悪感──そう、これは罪悪感だ。
「ルビウス、久しぶり──ね」
 努めて平静を装って、シャーロットはハグリッドの瞳を見上げた。一見厳つい風袋であるというのに、幼い子どものようなキラキラした瞳がそこにあった。
 ──私は、この瞳を、裏切った。見捨てたのだ。
「……覚えているかしら。シャーロット・ブラックよ」
 どんな反応が返ってくるだろう、とシャーロットのいつもの好奇心が囁いた。それでも、内蔵を切り取られる前のような緊張感が体中の神経に走っていた。
「あ……あ……」
 まるでハグリッドは初めて「あ」という言葉を知ったかのように何度もそれを繰り返した。拳はプルプルと震え、瞼が忙しく開閉している。さらに顔を真っ赤にさせて、やっとのことでハグリッドは自分が何をすべきか理解した。
「そうだ!こいつはあの……ト、トト、トトトトト──トムと……いつもつるんでやがった!あの、『例のあの人』と!ダンブルドア先生、きっとこいつは……!!」
「落ち着くんじゃ、ハグリッド」
 真っ直ぐにシャーロットに向けられた太い人差し指をダンブルドアは優しく制した。
「ハグリッド。シャーロットはの──」
「そうよ、知っていたわ。リドルが貴方に罪を着せたことを」
 ダンブルドアの言葉を遮り、シャーロットはきっぱりと言った。
「断っておくけど、私は一度もリドルの企みに加担したことはないわ。私は彼の正体を知っていた。そしてそれを誰にも言うつもりはなかった。それだけよ」
「『それだけ』!!ああお前さんにとっちゃあそれだけだろうなあ。おれが退学になることなんてえなあ!?」
「その通りよ。私にとってはリドルの方が大事だったもの」
 激高するハグリッドに、シャーロットは淡々と告げた。酷い言葉かもしれない。だか、それは紛れもない事実なのだ。さらにじわりと広がる痛みに、シャーロットは気づかないふりをした。
「そのあんたがなんで今ここにいる!?『例のあの人』のスパイじゃあるめぇな!?いっとくが、あんたらがハリーを傷付けようとしても、無駄だ。おれだって許さねえし、何よりダンブルドアがいらっしゃる──」
「落ち着くのじゃ」
 ダンブルドアの声が、深く響いた。
「ハグリッド。彼女は来年度からここで、ホグワーツで働いてもらうもらうことになった」
「ダンブルドア先生!?」
「彼女も、トムの犠牲者なのじゃよ。五十年間も、眠らされていた──時を封じられていたのじゃ。ハリーが秘密の部屋を見つけたことで、偶然にも彼女を発見できたのじゃよ」
 それからしばらくシャーロットをジロジロと無遠慮に見て、ハグリッドは唐突にぽかんと口を開けた。どうやら、今頃シャーロットの容姿がハグリッドの知る五十年前のものとさほど違っていないことに気づいたようだ。
「そんな──そんな馬鹿なことが──」
「あったのじゃ、ハグリッド」
 しかし納得がいったわけではないらしく、ハグリッドはぶつぶつ何か言ってはうんうんと唸っていた。当然だろう。ダンブルドアは目を細めてその様子を見ていた。
「君は、シャーロットを信用できんか?」
 静かにダンブルドアが言った。ハグリッドはそれを聞いて、何かを思い出したように顔を上げ、それから屈んでシャーロットの目をまじまじと見た。パシパシと瞬く音さえ聞こえた。シャーロットは、できることならこの瞬間ハグリッドに忘却魔法をかけて全部忘れさせてしまいたいと思った。
「……いんや」
 ぽつりと漏れた言葉に、シャーロットは目を見開いた。
「いんや、先生、おれが悪かった。つい、カッとなっちまった……」
 とうとう、ハグリッドはそう言った。ダンブルドアはにっこりと笑った。ハグリッドは照れたように笑い返すと、再びシャーロットを見た。
「すまねぇ、シャーロット。……そう言えば、あんたぐらいだったのにな。スリザリン生で話しかけてきてくれたのは」
 ぽりぽりと頭をかいてハグリッドは優しく笑った。変わっていない──。シャーロットはひどく苦しい気持ちになった。
「無理に許さなくていいわ。恨まれて当然だもの」
「いんや……思い出したんだ。お前さんはよく、俺がスリザリン生にいじめられてんの、追い払ってくれたじゃねえか。俺はそんなお前さんに憧れてた。それに、トムと仲が良かったっつうても、そのこと自体はひとつも悪いこっちゃねえ」
「ルビウス……」
 ――彼は馬鹿だ。許す必要なんてない。……それなのに。
「それよか、何だか、その名前で呼ばれると、ちっと気恥ずかしいな……懐かしくて」
 ダンブルドアとマクゴナガルが、穏やかな表情でこちらを見ているのに気づいて、居心地が悪くなる。
「お前さんなら、先生にぴったりだ」
「……それは、当然でしょう?」
「そういう鼻っ柱の強いところも変わってねぇ」
 にかっと大きく笑われて、シャーロットも思わず表情を崩した。まったく、グリフィンドール生は、これだから……。
「いやいや、ハグリッド。君も魔法生物についての知識なら相当なものじゃ」
 口を挟んだダンブルドアが、きらりと瞳を輝かせたのをシャーロットは見逃さなかった。……何か企んでいる。
「な、何をおっしゃってるんですかい、ダンブルドア先生」
 突然褒められて、ハグリッドはゴシゴシと鼻の頭を擦った。
「本当のことじゃ。――それでのう、実は君をケルトバーン先生の後任にと考えておるのじゃが」
 いきなり投げかけられた言葉はハグリッドには刺激が強過ぎたようだった。何度も激しく瞬きを繰り返し、シャーロット、マクゴナガル、ダンブルドアを交互に見回して、それからようやく言葉を捻り出した。
「……はい?何のご冗談を――」
「先ほどの職員会議で他の者には言ったのじゃが、ケルトバーン先生は今年度で辞職されるのじゃ。その後任――つまり『魔法生物飼育学』の教授を、君を務めてもらえぬかと聞いておる」
 ぽかんと大きく開かれた口からは、言うべき台詞が何も出てこないようだった。
「嫌かの?」
「……そんな、まさか!で、でも、俺なんか――俺なんかが――」
「君だから頼んでおる」
「でも、先生!俺はシャーロットみたいに優秀じゃねえし、第一ホグワーツだって卒業しちゃいねえ。おまけに――」
 ハグリッドは口をもごもごさせ、何か呟いた。聞き取れなかったが、恐らく――外見から隠しようもない事実を、気にしているのだろう。
「とにかく、保護者や理事が黙っちゃいねぇでしょう。無理ですって、俺には……俺みたいな奴には……」
「そうかしら?」
 シャーロットが声を挟むと、ダンブルドアが悪戯そうな目でこちらを見た。
「あなたは確かに魔法生物については異常なまでに詳しかったわ。あんな大蜘蛛にまで愛情を抱ける魔法使いなんて、そうそういないわよ」
「シャーロット……」
 ハグリッドが複雑そうな、でも確かな喜色を含んだ顔を向ける。
「ダンブルドア先生……」
 じっとハグリッドを見つめるダンブルドアに、ハグリッドは震える拳を握りしめて、言った。
「俺、俺……やりたいです。本当は、ずっとずっと、やってみたかった……!」
「うむ。頼むぞ、ハグリッド」
 とうとう号泣し始めたハグリッドをダンブルドアが抱きしめた。マクゴナガルもほっとしたように二人を見ている。
 あからさまな感動の場面というものは苦手だ。シャーロットはダンブルドアにこっそり目配せすると、音も立てずに職員室を後にした。






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