16.先生始めます

 採用が決まるとすぐにダンブルドアはホグワーツ教授陣に連絡を入れ、お昼に職員会議が行われることになった。要は少し早い人事発表ということだ。シャーロットは校長室でダンブルドアとのんびりお茶をした後、職員室へ向かった。生徒たちの姿もちらほら見えが、みんな大広間へと急いでいて、制服を着た見慣れない人物――つまりシャーロットのことを気にする様子はなかった。
 ダンブルドアに続き、職員室の扉を潜る。するとそこには既に多くの教師が集っていた。
「ああ、ミス・ブラック!」
 近づいてきたのはミネルバ・マクゴナガルだった。
「あなたがここにいるということは――そういうことなのですね」
 この召集の意味を早くも理解したらしい興奮気味のマクゴナガルに、シャーロットはただ困ったような微笑みを向ける。
「ええ、きっとあなたのご想像通りですわ」
「まあ!何て素晴らしいことでしょう。実を申せば私、学生時代から敵寮ながらもあなたの飛びっぷりに憧れていたのですよ!」
「え?」
 何か勘違いしているマクゴナガルに、ダンブルドアがコホンと咳払いしてみせた。
「ミネルバ、申し訳ないがそろそろいいかのう」
 マクゴナガルは自分の剣幕に気づき、シャーロットからぱっと離れるとうっすら顔を赤らめた。……まったく、学生時代から変わっていないようだ。
 その時ちょうどスネイプが反対側の出入り口から職員室に入ってきたのが見えた。相変わらず黒いべったりとした髪だ。彼はシャーロットが何故ここにいるのかと怪訝な顔をしていた。スネイプが座ったのを見届けて、ダンブルドアは話し始めた。
「すまん、待たせたかの。まず、今日は皆に──」
 ローブからちょこんと出たダンブルドアの指先が、シャーロットを示した。
「彼女を紹介したい。名前は、シャーロット・ブラック」
「──ブラック?」
「ブラックって、あの……?」
 怪訝そうに何人もの教師が顔を歪めた。
 その中で、シャーロットは見知った顔の教師を発見した。魔法史の、ビンズ先生だ。だが、彼はどんな生徒でも顔を覚えていなかったような気がする。おそらく自分のことも覚えていないだろう、とシャーロットは推し量った。
「そうじゃ。彼女はあのブラック家の人間じゃ。だがそれは別に重要なことではない」
 それでも一部の教師はひそひそと何事かを囁いていた。ダンブルドアは片手を掲げてそれを静め、先ほど決まった事実を告げた。
「彼女には、来年度からのホグワーツにて助教授として勤めてもらうことになった。『闇の魔術に対する防衛術』と『魔法薬学』、この二つの科目の補佐に回ってもらう」
 途端に職員室中がざわめいた。
「ダンブルドア、彼女は『闇の魔術に対する防衛術』の教師ではないのですか?」
 男性にしては高めの声が尋ねた。とても背の低い高齢の先生で、特徴的な外見だ。妖精の血が混じっているのだろう。
「それについては既に別の者に決まっておる。ただ、その先生がちょっとわけありでのう。補佐が必要かと思われるのじゃ」
「お言葉ですが──」
 奥の席からねっとりとした声が上がった。顔を見なくたってわかる――スネイプだ。
「何故吾輩の『魔法薬学』にまで補佐が必要なのか、わかりかねますが」
 あからさまにその表情には敵意があった。だがあまりにもあけすけなので、かえって気持ちいいほどだ。
「いつも『出来の悪い生徒にものを教えるのは最たる労苦だ、猫の手も借りたい』とおっしゃっていたのはあなたではありませんでしたか?セブルス」
 マクゴナガルが冷ややかに言った。スネイプは、視線だけ動かして「あれはものの例えです」と苦々しく答えた。
「君の言うことももっともじゃ。じゃが、それは来年度になれば自然とわかる。君にとって悪い話でもなかろう?」
「それはそうですが……」
「彼女が優秀なことは、君には既にわかっておるじゃろう?おお、そうじゃついでに寮監の仕事も手伝ってもらうといい。何しろ彼女はスリザリン出身じゃからな」
 別にかまわないが、本人の承諾なしに仕事を増やさないでもらいたい。スネイプは何やら抗議しようと口を開いたが、有無を言わせぬダンブルドアの微笑みに押し黙った。
「……せいぜい、足手まといにならないようにしてもらいたいですな」
 ぎろりとこちらを睨みつけてそれだけ言うと、スネイプは不服そうに顔を背けた。ダンブルドアは「セブルスも了承してくれて何よりじゃ」と微笑んだ。
「ああ、それと――彼女は在学中、儂がグリフィンドールの寮監であった時のチームをコテンパンに叩きのめしたほどの名シーカーでもあった。クィディッチ関連の仕事も難なくこなすじゃろうて」
 ――だから、勝手に仕事を増やすな!
「シャーロット、挨拶を」
 そんな心の叫びなど億尾にも出さず、ダンブルドアに促されて前に出る。
「お初にお目にかかります。ご紹介に与りましたシャーロット・ブラックと申します。若輩者で至らぬところも多々ございますが、なにとぞご教授よろしくお願い致します」
 そうしてにっこり微笑むと、教師たちは暖かい拍手でシャーロットを迎えた。――ただひとり、セブルス・スネイプを除けば、だか。
「シャーロットが正式に働くのは来年度からじゃが、この夏はホグワーツに留まって勉学に励むそうじゃ。皆、よろしく頼むの」
「さて、次の報告じゃが、これは少し淋しい報告じゃ。ケトルバーン先生が、今年度をもって退職なさることになった──」
「手足が一本でも残っているうちに余生を楽しみたいのでね」
 声がした方を見ると、確かに手足が今にも取れてしまいそうな、高齢の先生がそこにいた。一体何歳なのだろう。きっと百五十は超えているに違いない。
「明日の晩餐は特別豪華にいたしましょうぞ!どうぞ、ホグワーツでの最後のひとときを楽しんでくだされ──では、この辺で、職員会議終了」
 ぞろぞろと何人かの先生が出て行こうとする前に、真っ先にスネイプが扉を開けて姿を消した。その様子を見て、シャーロットの近くに来ていた女の先生が話しかけてきた。
「珍しいことがあるものですね。スネイプ先生がスリザリン出身の子にあんな態度を取るなんて」
「そうなのですか?」
「ええ、彼のスリザリン贔屓は有名ですよ」
「いや、あれはあのミスター・ブラックのせいだと思いますがね」
 別の先生も話に加わってきた──が姿が見えない。きょろきょろしてみると、足下近くにとても小さな妖精のような先生がいた。彼は、フリットウィックと名乗った。「呪文学」の教授で、レイブンクローの寮監だと言う。ちなみに、女の先生は「天文学」を教えるシニストラと言うらしい。
「あの、ミスター・ブラックとは?」
 どのブラックだろう、と心底不思議に思いながらシャーロットは訊いてみた。すると答えは別の方向から降ってきた。
「かつて、学生時代にスネイプ先生と犬猿の仲だった方ですよ」
 マクゴナガルはそう言ってからこっそり「あなたの兄君の孫にあたります」と教えてくれた。あのスネイプと同級生の兄の孫。シャーロットは想像もつかなかった。
「確かに、よく似ていらっしゃる!」
「そう、なんですか?」
 どんな人なのだろう。シャーロットは尋ねようとしたが、それは叶わなかった。いきなり、それはもう勢いよく扉が開いて、のっしのっしと大男が入ってきたからだ。
「おお、すまないですこった、ダンブルドア先生。いや、なぁに、ちっとばかしあの子たちが騒ぎましてな……いや参った参った」
 ぼりぼりと大男は頭をかいた。今朝も空から確認したが、この巨体、この口調、この素朴な風貌。やはり間違いない。
「──ルビウス」
 シャーロットは彼の名前を呼んだきり、何も言えなくなってしまった。






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