11.真実薬

 透明の瓶にゆらゆらとたゆたう透明の液体――状況から判断して「 真実薬 ( ベリタセラム ) 」に間違いない。
「おわかりのようだが、これは『真実薬』だ。もちろん、魔法省の使用許可は出ている」
 スクリムジョールは鋭い目でシャーロットを射抜いた。
「これは強制ではなく、あくまで任意だ。今から私がする三つの質問に答えてくれるのならば、君の身の安全を保証しよう――君の誠意を、見せてほしい」
 シャーロットは何も言わず、小さな瓶を見つめる。
「質問は三つだけだ。真実薬は、その三つの質問をしている間だけに用いられることを約束しよう」
「これは解毒剤だ」
 スネイプがもう一つ、別の小瓶を取り出して机に置いた。
「証人はわしとミネルバ、それにセブルスもおる。間違いは起こらぬ」
 ダンブルドアが力強く言った。
 ――正直、いくら身の潔白を晴らすためとはいえ、心内を吐露することには抵抗があった。真実薬は、人の心を無防備に曝け出す。心の奥底に固く閉じ込められた記憶も、忘れ去ったと信じていた澱でさえも。
「……質問の内容は、先に教えて頂けないのかしら?」
「残念ながら駄目だ。しかし、全て闇の帝王と君に関することだ」
 シャーロットは再び考え込んだ。
「はいかいいえで答えられる質問ですか?」
「三つのうち二つはそうだ」
 残る一つはそうではない、ということか――それなら……。
「わかりました」
 毅然として答えると、ダンブルドアが微笑んだ。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ。……紅茶でよいかね?」
 頷くと、二つのティーカップにダージリンの紅茶が注がれた。スネイプが小瓶を開き、ローブからスポイトを取り出した。慣れた手つきでほんの一滴、紅茶に雫を落とす。またもう一つの小瓶から、先ほどの五倍はある量の解毒剤を別のカップに滴らせた。
 そしてシャーロットの前に二つの紅茶が用意された。
「疑いが晴れれば、魔法省から安全を保証して頂けるのですね?」
「マーリンにかけて」
 スクリムジョールは深く頷いた。
「では」
 覚悟を決め、シャーロットはカップに口をつけた。熱過ぎず飲みやすい温度の液体は、味を確かめる間もなく喉の奥へと滑り落ちていく。ごくりと喉が鳴った時には、既に効果が表れ始めていた。
 ――浮遊感。意識と身体が乖離していく、そんな感覚。眠りに落ちる直前のような、抗い難い心地良さ。心の表層が一枚一枚剥かれ、裸にされていく。
 我、何者にもあらず。何物にもあらず。黒。あるいは白。あるいは透明。広がれ、「無」よ。何もない場所、何もない心、「無」よ……。
 シャーロットは必死に閉心術を行い、何とか心の薄皮を保つことに成功した。自分自身の意識を認識した時には、既にスクリムジョールの尋問が始まっていたところだった。
「君は闇の帝王の思想を支持しているか?」
「いいえ」
 それは奇妙な感覚だった。口を動かしている感触も、思考すらも別のものだった。
「君は闇の帝王の利益になることを手伝い、実行するか?」
「いいえ」
 まるで機械のようだ。確かに答えているのは自分自身なのに。
「最後の質問だ。闇の帝王にとって君はどんな存在だ?」
「彼にとって私は……」
 途端に、心が渦を巻いた。ざわざわと突き上げてくる感情。これは何なのか、自分でもわからない。するとシャーロットはこう答えていた。
「わからない」
「わからない?何故?」
 質問が四つになっている。抗議したいが身体は動かず、口は自分でも意外な言葉を発し始めた。
「彼にとって私は……友人、親友……いや、本当にわからない。だが、歪んだ執着を持たれているのは間違いない。それが友情なのか、ブラックの名と血がほしいからなのか、あるいは――愛と呼ぶべきものに近いものなのか、判断することはできない。何故なら、私は彼ではなく、また私は現在と過去五十年の彼を知らないから」
「もういいじゃろう、ルーファス」
 質問を続けたそうに身を乗り出したスクリムジョールをダンブルドアが遮った。
「彼女は三つの質問に答えた。『何故?』というのを含めれば既に四問じゃ。約束したのは三つだけじゃろう?それに、ヴォルデモートの協力者でないことはその問いから明白だとは思わんか?」
「――よかろう」
 マクゴナガルが解毒剤の入った紅茶のカップをシャーロットの口に付け、ゆっくりと飲ませた。次第に浮遊感がなくなり、意識と身体が一体となっていく。紅茶を全て飲み干すと身体の感覚が戻ってきたが、同時に強い疲労感もやってきた。目眩がするし、身体が、カップを握る手すら鉛のように重い。
「具合はいかがです?」
 マクゴナガルが尋ねた。
「――大丈夫、です。少し……疲れましたが」
「虚勢はよせ。『真実薬』は強力な薬だ。その解毒剤も同様。楽にしろ」
 スネイプはそう言ったが、シャーロットは首を振った。
「ミスター・スクリムジョール。裁決は?」
「大したお嬢さんだ。普通は気絶する」
 スクリムジョールは薄く笑った。
「君に害意がないと認めよう。魔法省は君の身の安全を改めて保証する。そして望むのならば、かつて約束された『闇祓い』への道も開こう。五十年前の資料によれば、即戦力足りうる優秀さを持っているとのこと。我が闇祓い局は優秀で勇敢な人材を歓迎する」
「ルーファス、それについては……」
「もちろん、ダンブルドアの勧誘の件も聞いている。返事は今すぐでなくとも結構」
 危険思想の持ち主でないとわかった途端、スクリムジョールはシャーロットの闇祓い雇用に積極的になった。
「しかし君はずいぶんと早くから闇祓いを志望していたそうではないか?これまでの努力を水泡に帰すのは惜しいと、そうは思わないかね?」
 切り替えの早い人間は嫌いではない。シャーロットはくすりと笑い、「考えさせて頂きます」と答えた。
「良い返事を期待している」
 その後、ダンブルドアたちは別件の話があるらしく、シャーロットはスネイプと共に校長室を辞した。スネイプは授業があるらしい。シャーロットはぐったりした身体を引きずるように階段を降りていった。
 ――たった、これしきのことで。
 目覚めた時には実感がなかったのだが、五十年間の眠りは確実に体力を奪っていったのだ。今日から筋トレを再開しようとシャーロットは心に決めた。しかし、誓った途端にぐらりと身体が崩れ落ちる。
「おい」
 倒れる寸前、後ろから抱きとめられた。
「ごめんなさい。大丈夫だから……」
 振り向くのも億劫だ。シャーロットが立ちあがろうとしたその間、スネイプが何事かを唱えているのが聞こえた。それが重力軽減呪文だと気づいた時には、シャーロットはスネイプに抱きかかえられていた。
「部屋まで運ぶ。じっとしていろ」
「……結構よ。降ろして頂戴」
「黙れ。騒ぐな」
「降ろして」
 スネイプはため息をつき、無言で颯爽と歩き始めた。胸を叩いてやろうとしたが、力が入らない。授業時間だからか、廊下にあまり生徒の姿は見られないのが唯一の幸いといえた。しかし肖像画たちはくすくす笑っている。
「……降ろしてってば!」
 ありったけの力を込めて叫ぶ。しかしそれは我ながら可愛らしい抵抗にしかならなかった。
「少しはしおらしくしていろ」
 スネイプがにやりと笑った。それが妙に屈辱的で言い返してやろうとしたのだが、瞳に手を翳されると強い睡魔が襲ってきた。シャーロットはしばらくそれに抗ったが、やがて意識を手放した。






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