9.有意義な一日

 次に訪れた「フェリシア・サタースウェイト化粧品専門店」では、喜ばしいことに五十年前に愛用していたブランドがまだ商品を販売していることがわかった。しかし他にも色々な化粧品が並んでいたので、自分に合うものをじっくりと物色し、年の近い――誰が何と言おうとシャーロットは自分を十八歳だと思っている――店員に流行りのメイクを教えてもらった。そのお礼として気前よく化粧品を買いこむと、店員たちはどっさりとオマケの試供品をプレゼントしてくれた。ちなみにスネイプは、男の基礎化粧品と髪の毛のトリートメント剤について店員に熱烈なモーションをかけられていたが、やがて耐えきれなくなって向かいの喫茶店に避難していた。シャーロットが用を済ませて喫茶店の外から手を振ると、非常に疲れた様子のスネイプがむっつりとした表情で店から出て来た。
「まさかとは思うが、まだ――」
「スネイプ先生が苦手そうな買い物は終わりです。後は、鍋セットと、ドラゴン革の手袋と、瓶を少なくとも二ダース、それに薬草と――」
「君は自分でも魔法薬を煎じるのかね?」
「ええ、もちろん。自分で作ったものが一番信用できますもの」
「……では、こちらだな」
 スネイプはさくさくと通りを歩き始めた。自分の仕事に関係しているからだろう。連れて行かれた先は古びた店で、ひとりで来たならなかなか見つけられないようなところにひっそりと立っていた。「薬問屋 ジガー」とだけ書いてある――シャーロットはその看板を見てはっとした。とっさにローブのフードを深く被る。
「どうかしたのか?」
その様子に気づいたスネイプが声をかけてきた。こくりと頷き、シャーロットは小声で言った。
「ここ、学生時代からよく通っていたの」
 ――リドルも。付け加えた言葉に、スネイプは眉根を寄せた。
「……わかった」
「おや、スネイプ先生」
 店主が出てきてスネイプの名を呼んだ。その声に、思わずフードの裾をぎゅっと握る。しわがれているが、この声は――。
「そろそろいらっしゃる頃だと思っていましたが、ホグワーツの方は大丈夫なのですか?何やら大変なことが起きたとか――解決はしたようですが――」
「問題ない、アミアス」
 やっぱり――!
 店主はかつての上級生だ。間違いない。シャーロットはどうするべきか迷ったが、現状での進退が決まっていない以上、悪戯に無関係な人間を混乱させるのは避けるべきだと考えた。スネイプが自分の用事を済ませている間、シャーロットはこそこそと店内の中にあるユニコーンの角の粉末やらモンクスフードやらを掻き集め、カウンターに置いた。
「お嬢さんも、お買い求めですか?」
 気づいた店主――アミアス・ジガーに声をかけられた。何も言わずガリオン金貨を取り出す。俯いているのでアミアスの顔は見えないが、無愛想な客だと思われているのは間違いないだろう。
「――ああ、彼女の分も頼む」
 スネイプが助け舟を出したことにシャーロットは少しだけ驚いた。たくさんの薬草が入った瓶や袋を受け取ると、スネイプとシャーロットは店を後にした。
「ずいぶんと、用心していたようだが」
 店から出てしばらくしてスネイプが尋ねた。
「アミアス・ジガーは同じ寮の上級生だったのよ」
 シャーロットはさらりと言った。
「私の顔を覚えているかはわからないけど――面倒は避けるべきでしょう」
「……妥当な判断だ」
 スネイプは不本意そうだが同意した。
 だいたいのものを買い揃えた後、スネイプとシャーロットは「漏れ鍋」へと再び足を向けた。しかしスネイプは入り口まで来ると急に立ち止まり(おかげで危うくシャーロットはスネイプに激突しそうになった)やはり不機嫌そうに言った。
「ここにいろ。吾輩はノクターン横町に用がある。いいか、言っておくが──」
「決してここを出ませんし、何かあったらすぐに連絡します」
「……わかっているなら良い。三十分ほどで戻る」
 スネイプは勢いよくローブを翻すと、通りの喧騒の中に瞬く間に消えていった。
「……高慢かつ律儀、と」
 シャーロットは笑いながらレンガの壁を叩いてアーチを潜り抜けた。
「おや、さっきのレディ。スネイプ先生とご一緒だったのでは?」
 「漏れ鍋」に入ると、頭の淋しいバーテンが親しげに話しかけてきた。
「彼を待っているのよ。メニューを見せてくださる?」
 念のためフードを深く被りながらシャーロットは言った。小腹がすいていたので、サンドウィッチをひとつと紅茶を頼んだ。中庭に近いテーブルに席を決め、それほど美味ではないが不味くもないサンドウィッチを味わっていると、ふいに中庭のアーチから足音がした。
「アーサー!」
 シャーロットの隣の席に座っていた中年の婦人が声を上げた。入ってきたのは、背の高い燃えるような赤毛の、やや頭部の寂しい魔法使いだった。
「遅くなってすまない、モリー」
「そんなことより、どうでした?」
「やはりというか、駄目だった――ボージンの奴、知らぬ存ぜぬの一点張りだ」
「何てこと!うちのジニーとロン――それにハリーの身にまで危険を及ぼすようなことをしたルシウス・マルフォイを庇い立てするなんて!」
 しいっと指を立てて赤毛の男性は婦人の声の大きさを諌めた。同じ指輪を左の薬指にしているから夫婦だろう。それにしても気になる名前が二つ三つ出て来たので、シャーロットは素知らぬ顔で紅茶を飲みつつ耳をそばだてた。
「どうにかならないの?」
「魔法省は動かないだろう。何かにつけ寄付金をくれる大事なスポンサーだからな」
「そんな!」
「モリー、奴の尻尾を掴みたいのは私だって同じだ。でも、証拠がなくちゃ――」
「『秘密の部屋』を開けさせたあの日記は?」
「効力を失ってしまえばただの日記に過ぎないから何の意味もないよ。マルフォイがホグワーツの理事を解任されただけでも良しとしなくては。今日のところは、ハリーへのお礼だけ選んで帰ろう」
「……そうね。ハリーはサマープディング好きだったかしら?」
「君の作るものなら何でもおいしいさ」
 そう言って赤毛の夫婦は店から出て行った。
 大変興味深い話だった。
 とりあえずあの夫婦の話では、「秘密の部屋」は日記――恐らくリドルが一年生の時からつけていたあれだ――を使って誰かが秘密の部屋を開けさせようとしたのだ。そしてその誰かというのが、あの夫婦の考えではルシウス・マルフォイなる人物なのだろう。マルフォイ――珍しい名字だ。あのマルフォイ家に違いない。そしてボージン――あのボージン・アンド・バークスのボージンならば、危険な商品――それこそリドルの持ち物があってもおかしくはないだろう。リドルはあの店に勤めるのも悪くないと笑って言っていたのだから。それから――。
「ハリー、ね……」
 ありふれた名前だが、あれはきっとハリー・ポッターのことを言っていたのだろう。まったく、大した少年だ。これでまだ二年生とは、恐れ入る。俄然興味がわいてきた。早速ホグワーツに戻ったら探してみなくては。
 アーチから人が入ってくる気配がした。黒いローブに黒い髪。紛れもなくそれはセブルス・スネイプだった。シャーロットは荷物を持ち席を立った。
「大人しくしていたようだな。――帰るぞ」
「ええ」
 シャーロットは機嫌よく答えた。なかなか有意義な一日だった。スネイプはそんなこちらの様子を訝しんでいようだったが。
「お先に失礼」
 シャーロットはにやりと笑って姿を消した。






prev next
Top

bkm


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -