8.ダイアゴン横丁

 玄関ホールに着くと、そこにはすでにスネイプの姿があった。今日もまた真っ黒なローブを着ている。シャーロットは細長い蝙蝠を連想した。
「ごきげんよう」
 にこやかに挨拶すると、スネイプはじろりとこちらを睨んでから言葉もなく歩き出した。まったく、礼儀がなっていない。シャーロットは肩をすくめ、その後ろに続いた。
 スネイプは歩く速度が異常に速かった。シャーロットが何とか優雅さを保ちながらついていける速さだが、他の女性ではこうはいかないだろう。無言でホグワーツの郊外、ホグズミード村まで歩き続ける。そこまで行かなければ、城の強力な魔法に阻まれて「姿現し」できないからだ。
 たちまちのうちに目的地に着いた。するとスネイプは杖を取り出し、ここから「姿現し」すると告げた。
「場所は『漏れ鍋』だ。わかるな。それと、絶対にはぐれるな」
 お前なんぞのために何故自分が、と言いたげな口調だった。しかしシャーロットは彼の横柄な態度よりも、昨日のダンブルドアとの押し問答の方を思い出して哀れみを感じていた。それがさらにしゃくに障ったのか、スネイプは眉間のしわをさらに寄せた。
「わかったのか!」
「はい、もちろん」
 シャーロットも杖を取り出した。昨夜は寝付けなくて色々な呪文を試していたのだが、それらは全て成功していた。魔法を使うことに何の支障もない。 
「準備はできたな。行くぞ」
 バシッという独特の音がして、スネイプの姿が消えた。シャーロットもそれに続いた。
「おや!スネイプ先生、お久しぶりですな」
 シャーロットが現れると、「漏れ鍋」のバーテンがスネイプに話しかけているのが目に飛び込んできた。どうやら見事に成功したらしい。
「おお、これはもしや……」
 シャーロットとスネイプを交互に見てバーテンダーは何やら誤解をしたようだった。シャーロットはにっこり笑って「ごきげんよう」と挨拶した。
「校長がまたしても厄介事を割譲してくれてな……行くぞ」
 愛想なく言うとスネイプはパブを通り抜け、小さな中庭に出、迷わずにレンガの壁を三回叩いた。アーチ型の入り口が現れ、ダイアゴン横町が視界に広がった。シャーロットはスネイプの後にアーチをくぐった。
「まずは、グリンゴッツだな」
 久しぶりのダイアゴン横町をゆっくり見回す一時など十秒も与えてくれず、スネイプは颯爽と歩き出した。ダイアゴン横町は、人の活気に溢れていた。天高く路上にまで積み上げられた商品たちに、道行く人、人、人の群れ……。
 やがて真っ白なグリンゴッツの建物が見えてきた。入り口に子鬼が几帳面に立っているのも、変わっていなかった。階段を登り、二つの扉を開けると、大理石の広々としたホールがふたりを待っていた。
「ブラック家の金庫に用があるのだが」
 スネイプがすいているカウンターの子鬼に向かって言った。
「では、鍵をお持ちでいらっしゃいますか?」
「ここに」
 シャーロットはローブから鍵を取り出してカウンターに置いた。発見された時に着ていた服の隠しポケットに入ったままになっていたものだった。
「一一七金庫ですね」
 子鬼は丁寧にそれを調べると、別の子鬼を呼んで案内させた。スネイプが迷わずついてきたので、シャーロットは少し驚いて言った。
「スネイプ先生も同乗してくださるんですか?」
「君がトロッコからはじき出されて吾輩のせいにされてはたまらん」
 つまりは、引き受けた以上は責任を持って面倒を見るということなのだろう。
「でも私、先生よりは運動神経良いと思います」
 シャーロットがしらっと反論すると、スネイプはむっつりとしてこちらを見、それでもそのままトロッコに乗り込んだ。
 トロッコはビュンビュンと風を切って進んだ。シャーロットはこれが楽しくて仕方がない。うずうずと興奮に身体を震わせていると、隣のスネイプが何か得体の知れないものでも見ているかのような顔つきでいるのに気づいた。平然としたふりをしているが、さっきよりわずかに顔色が暗くなっている。
「だから、言ったでしょう?」
「……運動神経ではなく、感覚器官の問題だ」
 スネイプにしては珍しく弱々しい物言いだった。
 さらに深く深く一行は奥へと進んだ。しばらくしてやっとトロッコが停止した。ストンとシャーロットは地面に降り立った。スネイプは胸のあたりを押さえていた。
「こちらでございます」
 小鬼はものすごく巨大な金庫の中のひとつを指名した。ブラック家は魔法界でももっとも古い家柄で、代々の先祖から残された莫大な財産が残されている。だから本来は仕事などしなくても良い。ブラックの大抵の者は、趣味で仕事についていたようものだった。
 一一七金庫を開けると、そこには金貨がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。銀貨も少しあったが、クヌート銅貨は見当たらない。ほとんど面倒くさそうに、シャーロットは金貨をモーク革の膨らまない魔法の財布の中に入れ始めた。スネイプはただ黙って見ているだけだった。
 ふたりがグリンゴッツを出た時、日の下にさらされたスネイプの顔は土気色を通り越して白一色に染まっていた。
「大丈夫ですか?」
「……そこで服でも買ってこい。吾輩はあそこにいる」
 「マダム・マルキンの洋装店」を指さした後、スネイプは「ミラーの専門薬品店」に首を向けた。そのまま行ってしまうのかと思いきや、彼はローブから何かを取り出して、ずいっとシャーロットの顔に突きつけた。
「これを持っていけ。何かあったらすぐに知らせろ」
 それはシンプルな黒い懐中時計だった。察するに、連絡用なのだろう。シャーロットが頷くのを見届けて、スネイプは踵を返した。シャーロットも店に向かった。
「ごきげんよう」
 声をかけると、愛想のよい店主が「いらっしゃいまし」と出迎えてくれた。まだ午前中だからか、他に客は見当たらない。
「あら、学生さんかしら?」
「いえ、違います。取り敢えず、ローブを見せてもらえますか」
「あなた運がいいわ。ちょうどさっき、若い女性向きの、最新作のローブを入荷したばかりなのよ」
 シャーロットはマダム・マルキンにローブを一通り見せてもらうと、少しだけ考えて、まず七通りのローブを買った。どれも上品かつシックな印象のものを選んだ(マダムは他にも熱心に淡いピンクのローブを勧めたが、残念ながらシャーロットの趣味ではなかった)。それから最高級のデミガイズの毛皮のマント――これは所謂「透明マント」である――を買い、他にもイエティの純白の毛皮のマントと、シルクの黒いマントを追加した。ローブの丈を合わせてから、マダム・マルキンお薦めの靴屋と下着屋を教えてもらって、シャーロットは店を出た。
 すぐ近くにマダムご推薦の店はあった。「サロン・ローズ・モンド」は素晴らしい品ぞろえで、シャーロットが店のカウンターに載りきらないほどのたくさんの下着と部屋着、寝間着や靴下やストッキングやガーター等を買い求めると、店主のミス・ダーンリーは嬉しい悲鳴を上げた。また「レティ・アンド・ロティ婦人靴専門店」では気に入った五足の他はオーダーメイドでまた注文することにした。
 何とか必要な衣類を買い終え、全ての商品をホグワーツに送ってもらうよう手続きを済ませると、シャーロットはいそいそと「ミラーの専門薬品店」へ戻った。
「……遅い」
 これでも早めに切り上げた方なのに、文句を言われた。三時間で済んだのは奇跡に近い。
「吾輩が君を待っている間に一体何杯『心は海のように穏やか・すっきりハーブティー』を試飲するはめになったか、ご存じかね?」
「あら、それも頂こうかしら」
 シャーロットは店主に声をかけ、そのハーブティーとともに色々な魔法薬をまとめ買いした。スネイプは皮肉が全く通じなかったことにこめかみをピクピクさせていたが、こっちの知ったことではない。第一、成人しているシャーロットはひとりで買い物に出かけることくらいできる。仮にも闇祓い見習いだったのだ。ただダンブルドアに彼を連れて行けと言われたから一緒に来たまでであって、その目的が自分の身柄の安全の他に逃げ出さないよう監視する意図である以上、気を遣ってやる必要はないように思われた。
「後は何が入り用だ?」
「次は化粧品です」
 スネイプが大きな唸り声を上げた。





prev next
Top

bkm


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -