7.図書館の出会い

 シャーロット・ブラックの朝は早い。それは五十年の時を経ても変わらなかった。あまり――というよりほとんど眠れなかったのが、仕方ない。朝日が昇るとじっとしていられない質なのだ。顔を洗うと、新品のネグリジェ姿のまま、シャーロットは大きな窓辺に腰かけた。機械的にブラシで髪を梳く。愛用していた化粧は手元にない。ダイアゴン横丁にあのブランドはまだ残っているだろうか。そんなことを思い浮かべる顔は、自分でも気づかないうちに何処か寂しげな表情になっていた。
 ホグワーツの制服に着替えようとネグリジェに手をかける。すると、いやでもリドルの残した印が目に入った。自慢の白い肌に深紅の印がまるで悪趣味な花のように咲き誇っている。シャーロットは派手な花が好きではなかった。自分自身がその類の花に例えられることもあったのに、意外にも道端に咲いているような、名もない花を好んだ。リドルはそれすらも知っていただろう。知った上でこの悪趣味な印を刻んだのだ。全く、思い返すに腹が立つ。
 テキパキと着替え終わり、黒いローブを身に纏うと、シャーロットは枕元にあった杖を取り、空に向かって必要なものを書き出した。服、下着、マント、寝間着、ハンカチーフ、靴、靴下、化粧品、タオル……それら生活必需品の他に、この五十年の動向を知るための本も欲しい。魔法界の本もだが、マグルの歴史やここ最近の暮らしについても知りたい。実際にマグル界を見てみたいから、マグルの服もいる。箒も欲しいところだが、以前使っていた箒以上に相性がいいものが見つかるかわからないので、これは後回しだ。いざという時に必要な変身グッズ、魔法薬、それを煎じるための鍋セットも手元にあった方がいい。ええと、それから……。
 全部書き出すと、シャーロットは杖を振って机の上にあった羊皮紙にリストを定着させた。なかなか大変な買い物になりそうだ。仕方ない、身に着けていたのは形見の懐中時計と指輪、それに杖くらいなのだから。
「恨むわよ、リドル」
 独りごちても答えはない。シャーロットは屋敷しもべ妖精が用意してくれたスープを見つけると、五十年ぶりの食事にありついた。
 シャーロットはスネイプとの約束の時間までを図書館で過ごすことにした。開館とともに訪れると、図書館はがらんとしていた。シャーロットが入っていくと、痩せた司書がじろりとこちらを見た。
「校長から話は聞いています──ミス・ブラックですね?」
「はい」
 カウンターにある名札から、この司書がマダム・ピンスという人であることがわかった。
「今、ほとんど生徒はいません。どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます、マダム・ピンス」
 シャーロットは少し微笑んでその場を去った。まずゆっくりと図書館全体を見て回ることにした。ホグワーツのこの偉大な図書館の大きいことと言ったら!ふらふらと徘徊するだけでずいぶん時間が経ってしまう。しかし、シャーロットはここがとても気に入っていた。読み物、歴史書、辞典に年鑑──。細かい分類は百近くにまで及ぶ。その棚のひとつひとつを、のんびりとシャーロットは眺めていた。
 やがてものものしい雰囲気のする棚が見えた。懐かしい、禁書の棚だ。ここにあるものをずいぶんと活用させてもらったものだ──。まずここを利用する為に、必死になって『透明術』をマスターしたのは、まだ一年生の頃のことだった。少し蔵書が増えたかな、と背表紙のタイトルを追いながら、シャーロットはまた時の流れを感じた。
 そのうちに、少し開けた、いくつかある自習用スペースのひとつに出た。そこでシャーロットは意外なものを目にした。ふわふわとした髪の女の子が、ひとりで本を読んでいる。
 二、三年生だろう。まだ小さいのに、熱心だな──と思って眺めていると、少女は視線に気づいたのか、顔を上げた。前歯が少しだけ大きい。
「ごめんなさい、邪魔したかしら?」
「いいえ、そんなことはないです」
 ハッキリきっぱりとした、利発そうな声だった。赤と黄のボーダーの、グリフィンドールのネクタイがはっきりと確認できる。そういえば、今自分はネクタイを閉めていない。
「今日はまだ私たちの他に人はいないみたいね」
「――無理もないわ。ダンブルドア先生が、テストを中止にしちゃったんですもの!」
 少女はとても残念そうに言った。
「テストがないから勉強しなくていいなんてことはないのに!」
 今度は憤慨して鼻息を荒くする少女に、シャーロットはくすくす笑った。
「そうね。あなたが正しいわ」
「ありがとう――ところであなた、何処の寮の人?」
「スリザリンよ。そういうあなたは、グリフィンドールね。けれど、きっとレイブンクローでもやっていけたでしょうね」
 シャーロットは少女の本をちらりと一瞥してから言った。彼女が呼んでいたのは、『剣と魔法』という、魔法界でも有名な、全百三十巻にも渡る歴史書だった。確かに面白いのだが、このうんざりするような厚さと長さで読破する人間はかなりの少数なのだ。
「ええ、私──組み分け帽子にも同じことを言われたの!」
 少女は頬をピンクに染めた。なかなか可愛らしい。好意をもって、シャーロットは積み上げられた本の中のひとつを指さした。
「これ、二十五巻目がとっても面白かったわ。変わり者の魔法剣士のくだりが、特に──」
「あなたも読んだの!そう、私もそこ、とっても興味深いと思ったわ。でも、その後に物言う剣が出てくるところは──」
 長々としたおしゃべりが始まってしまった。もともと、シャーロットは人と話すのが好きだ。特に、頭の回転の速い人間と話すのは、楽しい。その点、少女は幼いながらも十分その条件に当てはまる相手だった。
 そして会話をしながら、シャーロットは得意の観察を続けた。どうやら、この少女、自分の賢さを賞賛されることを、クリスマスのごちそうよりも嬉しがるタイプだ。また、旺盛な知識欲を満たす為には努力を惜しまない。素直で、飲み込みが早い、優等生だ。
 本当に、何故レイブンクローではないのだろう──そういえば、自分たちもさんざん同じ台詞を聞かされたような気がする。シャーロットは思い出してくすりと笑った。
 ずいぶん熱中して話していたが、やがてポケットの中の銀時計が音を鳴らした。
──もうそろそろ行かなくては。その旨を告げると、少女は本当にがっかりしたようだった。
「残念──また、お話できるかしら?……あー、エート……そうよ、そういえば、私たち、お互いにまだ名前も知らなかったわ──私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなたは?」
「シャーロット・ブラックよ。多分、また会えるわ」
 ハーマイオニーに別れを告げて、シャーロットは図書館を出た。玄関ホールで、スネイプが待っているはずだった。






prev next
Top

bkm


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -