6.謎の印

「――ところで、シャーロット。先ほども言った君のその印のことじゃが」
 話はまだ終わっていなかった。ダンブルドアは好々爺然とした笑みを潜め、真剣な表情でシャーロットを見つめた。
「ああ、この趣味の悪い――」
 シャーロットは自分の胸元に目を落とし、憎々しげに呟いた。本当、リドルは時々信じられないくらい趣味が悪い。
 ふとスネイプに目をやる。わざわざ彼の前でこの話をするということは、何か彼の研究分野に関係するということだろうか。目力で訴えると、ダンブルドアは頷き、スネイプに視線を留めた。
「そこにおるセブルスはこのホグワーツの教授陣の中で、最も闇の魔術に対する造詣が深い。その印も、失礼ながら君が意識を回復する前に見てもらった」
 この陰険な男に自分の素肌を見られて、何を恥ずることがあるだろうか。シャーロットは何の感慨もなくただ頷いた。それにしても、魔法薬学教授が闇の魔術に造詣が深いとは、妙な話だ。普通、闇の魔術に対する防衛術教授がそうでなければおかしい。
「何か、おわかりになって?」
 尋ねると、スネイプは印のある場所――つまり胸の谷間近くを――色気のかけらもない胡乱な瞳で穴が開くほど凝視し、言った。
「――それは、『闇の印』とは違う」
「『闇の印』?」
 その安っぽい響きは、嫌な予感をもたらした。スネイプは淡々と問いに答えた。
「闇の帝王は、その忠実なしもべ――『死喰い人』と呼ばれる者たちに対し、『闇の印』を刻みつけた。『闇の印』は、彼らと帝王を結ぶ絆であり、またその忠誠の証だ。帝王の感情の高まりに呼応して熱と痛みを伴う。しかし――」
 そして再びシャーロットのその印がある場所をスネイプの暗い視線が射抜いた。
「それは、違う。『闇の印』とは、全く違う。帝王の血と、君の血を使っている――より協力で、深い絆――」
 そのような漠然とした分析では、話にならない。
「具体的な効果は、わからないのね?」
「いかにも」
「私に何らかの負担を強いると?」
「現段階では判断できない。だが、今のところその様子はない」
 結局、現時点で害はないように見えるものの、それ以外のことはほとんど何もわからないということか。シャーロットが気怠く息を吐き出すと、スネイプのこめかみのしわが深くなったようだった。
 ――自分のことは、自分が一番よく知っているものだ。シャーロットは自分でこの印について調べようと固く決意した。
「私自身も、調べてみます。図書館を利用しても?」
「もちろんじゃ」
「禁書の棚の閲覧も?」
「かまわぬよ」
「校長――」
 非難の声を上げるスネイプを、ダンブルドアは両手を上げて制した。
「大丈夫じゃよ、セブルス。忘れたか?彼女はトムの親友じゃぞ?」
「――だからこそです」
「五十年も眠らせれた、被害者でもあるのだぞ?」
「被害者を装うことなど、犯罪者の常道では?」
「その代償が五十年の歳月とは、犯罪を行うにしてもちとハイリスク過ぎるとは思わんかの?」
「しかし――」
 とことん自分はスネイプに信用されていないらしい。もっとも、初対面で信用しろという方が無理だろう。しかも、リドル絡み――闇の帝王とやらの関係者となれば、仕方ないことだ。憂いの篩――ペンシーブでも見せれば満足するだろうか。
「セブルス。わしは君を信用しているのと同じように、彼女が真実を話していると信じている。それではいけないか?」
 ダンブルドアの青い瞳がきらりと光った。スネイプは黙りこみ、反駁を止めた。
 ――ダンブルドアは信じ過ぎる。それがあいつの最大の弱点だ。
 いつかのリドルの言葉が頭の中に蘇る。彼自身のことをダンブルドアは信じていなかった。それなのに、私は別だというのだろうか。
「――今宵も、もう遅い。シャーロットも身体に負担があるといけぬ。今日はこれまでにしよう」
 シャーロットは頷き、ガラス張りの窓の外を見た。欠けた月が、いやらしい笑いを浮かべた口のようだった。
「ああ、君の滞在する部屋は三階の南――『白銀の騎士の像』がある一番奥の部屋じゃ。場所は――わかっているの?そこに、とりあえず今夜必要なものを、屋敷しもべ妖精がそろえてくれている」
「わかりました」
 シャーロットは今夜の会談が終わったことに安堵し、ダンブルドアを見つめた。
 ――ああ、ひとつだけ、言いそびれたことがあった。
「アルバス」
 呼びかけると、ダンブルドアは「何かね?」と穏やかな瞳で訊いた。シャーロットはその青色をじっと見つめた後、ローブの裾を摘まみ、片足を引いて腰を曲げ、深々と頭を下げた。
「私を発見してくださったこと、並びに保護及び衣食住の提供、このシャーロット・ブラック、謹んでお礼申し上げます」
 それはシャーロットが滅多に見せることのない、純粋な感謝の辞だった。再び顔を上げるとそこにはパチパチと激しく瞬きするダンブルドアの顔が見えた。
「君はなかなか――粋な性格だのう」
「恐縮です」
 にっこりと微笑むと、後ろの額縁から「我が孫だ、当然だ」とぶつぶつ言うフィニアスの声が聞こえてきた。それからくるりと向き直り、シャーロットはそれまで鳴りを潜めていたスネイプに向かって宣言した。
「では、これからよろしくお願い致します。スネイプ先生」
 むっつりとしたまま口を開こうとしないスネイプに、シャーロットはそのままの表情で確認した。
「――それと、明日の買い物は、十時くらいでいかがかしら?」
 ダンブルドアの微かな忍び笑いが、さらにスネイプの眉間をしわだらけにした。






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