5.セブルス・スネイプ

「して、その件はさておき、君の仮住まいじゃが、来客用の部屋を使ってもらうことになるがよいかね?」
「もちろんです」
「うむ。他に必要なものがあれば――」
 コンコン、と扉を叩く音がした。話の途中だったがダンブルドアは扉に向かって声をかけた。
「ああ、ちょうどいい。入りたまえ」
 入って来たのは痩せぎすの男だった。だらりと輪郭を隠す肩までの黒髪に、土気色の顔に大きな鉤鼻。黒いローブをはためかせたその男は、とても生徒には見えない。恐らく、教授だろう。マントからは微かにニガヨモギや満月草などの薬草や魔法薬独特の匂いが漂っていた。
「シャーロット。紹介しよう――彼はセブルス・スネイプだ。ホグワーツの教授のひとりじゃ。セブルス、彼女はシャーロット・ブラック。とても優秀な魔女じゃ」
 黒い瞳がシャーロットをとらえた。――何故か、敵意を持たれているようだ。それでもシャーロットは十八年間の努力の果てに獲得した洗練された笑みを浮かべて手を差し出した。
「お初におめもじいたします。ご紹介に与りました、シャーロット・ブラックと申します。どうぞお見知りおき下さいませ」
 流れるような美しい発音で挨拶する。それは、大抵の男ならば感嘆の息を漏らすほどの優美な声音だった。だが、生憎このスネイプという男はそういった情緒の理解に欠けているようだった。手を差し出すことすらせず、じろりと暗い眼差しでシャーロットを睨めつけている。
 ――無愛想で無礼な男。
 シャーロットは微笑を湛えたまま、すっと手を引っ込めた。するとセブルス・スネイプと紹介された男は、にやりといやらしく口元を動かし、こう言った。
「――先ほど、鼻息荒く大言を吠えていた子女とは思えぬ素晴らしい挨拶、痛みいる」
 ぴきりと一瞬、微笑が凍りついた。
「さすがブラックの家のご出身であらせられる。血は争えぬものですな」
 ――この男……。
「スネイプ!いくら教授と言えども、我が崇高なるブラック家と孫を貶める発言は許さぬぞ!」
 フィニアスが先に反応して額縁の中から喚きたてた。シャーロットはその隙に固まった表情を溶かし、じっと黒衣の男の様子を観察した。
「いえ、いえ、そのようなつもりはありませんぞ。吾輩は感心しているのです。あのような大胆不敵な発言は、やはりブラック家の人間の性かと思いましてな」
 しらじらしくフィニアスに言い繕うスネイプは、それでもわずかに口角が上がってた。さらに逆上しそうな祖父をシャーロットは右手を上げて制し、そしてこの捻くれた男の前にゆっくりと歩み寄った。
「あなたが、どんなブラックの者と懇意にしていたのか存じませんが――」
 一歩、また一歩とゆるやかに距離を詰める。
「さすが歴史あるホグワーツで教鞭を取られているだけあって、大層趣味がよろしいのですね――盗み聞きをなさるなんて」
 挑戦的な笑みを浮かべて、見上げる。すると開口一番にシャーロットを馬鹿にした男は――よく考えたらそんな人間は初めてだった――演技がかった仕草で答えた。
「……滅相もない。そちらのよく響く声が勇まし過ぎて扉の外まで聞こえただけのこと」
「そういうことにして差し上げてもよろしいですが――」
 知られてしまった以上、こんな男のプライドを保たせてやる必要はないだろう。
「例え私が声と張り上げそれが聞こえたとしても――鼻息はそうはいきません。それが背を向けた樫の木の扉越しに伝わるほどのものでしたら、今頃この部屋の繊細な調度品たちは粉々に砕け散っていますわ」
「――よく、口のまわるご令嬢ですな?」
「ええ、美しい言葉を滑らかに話すことは美徳ですから」
 皮肉と嫌味の応酬をするふたりを、ダンブルドアは長いひげを触りながら面白そうに眺めていた。
「――スネイプ教授、でしたか。専門は魔法薬学ですね?それと飛行術はあまりお得意ではないですね。いくらか戦闘経験もおありのようで――警戒心が強い。独身でいらっしゃる。職業柄か読書はお好きなようですね。出身寮は――恐らくスリザリン」
 さすがにこれには驚いたようで、スネイプの黒い目が大きく見開かれた。だいたい当たっているらしい。問い詰めるような眼差しに、幾分か気が晴れた。
「ほう、素晴らしい。大方正解じゃ。どうしてわかったのかね?」
ダンブルドアが興味津津といった顔で尋ねた。
「ちょっとした観察の結果ですよ。彼からは様々な薬品の匂いがしますし、マントには空を飛ぶとできる生地の傷みも、箒の跡もありません。耳には良く見ると古い傷がある。それた呪文でできたのでしょう。杖と手のある位置が常に近いのは警戒心の現れです。指輪をしていませんし、ページをまくる指先が乾燥しています――寮は性格から消去法です」
 普通はこんなあからさまに相手の特徴を指摘することはないが、無礼には無礼で返すのが筋というものだろう。にっこり笑いかけると、スネイプはあからさまに嫌そうな顔をした。
「おお、ふたりとも話が弾んだの。相性が良いようでよかった」
 にこにこと笑うダンブルドアの間違った認識を正す気力はなかった。
「この様子ならば安心じゃ。セブルス、当面彼女の世話を頼むの」
 しかしこの言葉は聞き捨てならなかった。それはスネイプも同じだったらしい。
「――何故、私が……」
 今までで一番苦々しい口調だった。シャーロットは黙って成り行きを見守った。
「例のあれのことがあるじゃろう。何、彼女は優秀じゃ。それはわしが保障しよう」
「しかし、仮にも彼女は女性です。私では至らない点もあるかと――」
「ミネルバはまだあの事件の処理で忙しい。わしもまた魔法省に行かねばならぬ――理事会のこともある」
「ではハグリッドあたりに――」
「それも事情があってできぬ」
「ですが――」
「頼まれてくれるな?」
 スネイプが押し黙った。唇の端が微妙に歪んでいる。
「では、シャーロット。何か不自由があればセブルスに言っておくれ」
 ダンブルドアとスネイプの会話の中にはいくつか気になる言葉があったが、シャーロットは質問をせずただ頷いた。
「明日、彼を連れて生活必需品を買いに行くといい」
「な――」
 抗議の声を上げるスネイプを遮ってダンブルドアは続けた。
「グリンゴッツに問い合わせたが、君の金庫はまだ残っているそうじゃ。ああ、魔法省から調査されるのはもう少し先の話になろう。それまではホグワーツで好きなように過ごしてくれ。それとしばらくは君の部屋に屋敷しもべが専用の食事を持っていくことになっておる。何しろ五十年ぶりの食事では胃がびっくりしてしまうからのう。あまり味は期待できんが我慢しておくれ」
「校長――」
 じろりとスネイプが睨んでも、ダンブルドアには全く効果はなく、むしろ悪戯そうに微笑むばかりだった。
「材料の在庫が尽きそうだと言っていたじゃろう?明日は授業もないことだし、ダイアゴン横丁まで行ってくるといい。のう?」
 スネイプは長々とため息をついた。厄介な上司だ――シャーロットはスネイプにいささかの同情を禁じ得なかった。






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