柔らかに茨はこの身へと









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「焔愁焔で黒執事パロ」








この広大なお屋敷には当主である一人の高校生の男子と何人かの使用人が過ごしており、執事の一人である愁生は現当主である焔椎真付きの使用人である。
その愁生だが、容姿端麗なだけではなく執事としてはかなり有能な部類に入っており、朝食の用意から掃除、お屋敷の警備等と仕事は多岐に渡っていて毎日昼夜を問わずに忙しい。
そもそもこのお屋敷には十瑚や九十九達といった他の使用人も何人かいるのだが、十瑚は女シェフでありながら料理が壊滅的だし、九十九は庭師でありながら庭にやってきた動物達と戯れては肝心の庭をほったらかしにすることが大半だったので、見かねた愁生が自分の仕事以外もやるはめになっているのだ。
しかも何度叱っても十瑚や九十九達は仕事を満足にできなかったので、もう半ば諦めている。
その愁生が何をおいても一番にしているのは当主である焔椎真のお世話なのだ。




「焔椎真、起きろ」
「うう……、愁生、あともう少しだけ」
「駄目だ。そう言ってちゃんと起きたためしがないじゃないか」
「分かったよ。起きるって……」

ふああ、とあくびをした焔椎真は愁生が開けたカーテンに目を細めた。

「おはよう、焔椎真」
「ああ、おはよう」
「もう朝食できてるぞ。今日の朝はフランスから直輸入したクロワッサン。それからベーコンエッグにシーザーサラダ。デザートはヨーグルト。早く用意しておりてこいよ」
「トマトは食べないからな」
「トマトは朝食には入ってないよ」

朝のやりとりも毎日のことだ。
特にトマト嫌いの焔椎真はトマトが朝食に出されていないか毎日のように聞いてくる。
今日はトマトは出ていなかったらしいが、たまに愁生は焔椎真にトマトを食べさせようと細かく刻んだものを料理の間に忍ばせたり、トマトのエキスをスープとして出してくるので油断ならないのだ。
しかも途中でトマトの味に気づいてむせ返る焔椎真をくすくすと影で笑ったりしている。
主人を笑ったりと時折愁生は非常に慇懃な態度をとるが、二人は元々幼なじみであり幼い頃から一緒に育った仲だから口調も二人きりの時は砕けている。
自分と焔椎真の立場を理解した愁生がある時からいきなり敬語で喋ってきたので、それを嫌った焔椎真が二人きりの時は昔の口調に戻るように願ったためでもあるが。

「料理が冷めるから早くおりてこいよ」
「分かってるって」

涼やかな笑みで愁生が部屋を後にしたので制服に着替えるために焔椎真はスウェットを脱いだ。
部屋に備え付けられた鏡に映った自分の姿。
声を出す喉元には薄くペンタクルが刻まれている。
愁生が持つ水色のような蒼のような翠のような不思議な色をした掌に乗せられる大きさの玉に描かれているのと全く同じもの。
声に自分の意志を乗せられるという特異体質のおかげで友達を炎で焼き殺しかけたという過去をもつ焔椎真は、それ以来奇異の目で見られるようになり、生きていることに疲れて自分を殺しかけた。
それを救ったのが愁生だ。
そして知った。
今まで仲の良い幼なじみだと思っていた愁生が本当は人間ではなく悪魔だったという事実を。



『辛いならおれが黒魔術を行使して声に自分の意志を乗せられる能力をこの玉に封じてやる』
『本当か!? 本当に封じてくれるのか!?』
『ああ。その代わり代償がある』
『代償?』
『死んだらお前の魂が欲しい。悪魔が種族の違う人間のために力を使うには人間にも代償を払わせなければいけないという掟があるんだ』
『…………』
『幼なじみのお前に代償を払わせるなんてしたくないが、おれには掟を変えることはできない』

心底辛そうな愁生を見ていたくなくて焔椎真は必死に首を振った。
特異体質であり、しかも自殺しようとした自分が悪く、愁生はそこになんら関係はないのだから。
こんな提案をしてくれる方が奇跡なのだ。

『俺は愁生がいてくれるならそれでいい! ずっと俺の傍にいてくれるなら死んだ後の魂なんてくれてやるよ! だから俺とずっと一緒にいてくれ。頼む』
『…………』

焔椎真の切実な願いに一瞬愁生は躊躇ったが、振り切るようにして呪文を唱えれば、手に持った玉の紋様が光って焔椎真の喉元にすーっと同じものが刻まれた。

『これで契約は完了した。その喉元のペンタクルがお前のもつ、声に自分の意志を乗せられる能力を無効化してくれる』
『ありがとな! これで俺はお前も自分も失わずにすんだよ』
『おれも?』
『ああ、お前のことだから俺に自分の正体を明かしたら最悪消えると思ったんだ。でもこれで俺が死んで魂をやるまでお前は俺から離れられないだろ? だったらそれがいい』

死んだ後に魂を渡すということがどういうものであるか分かっているはずなのに、焔椎真は太陽みたいな顔をして笑う。
まるでこれが最善なんだというように。
そうせざるをえなかったとはいえ、幼なじみである焔椎真の魂をいつか奪うという、愁生の後ろめたい気持ちを掬い取るように。


『主人の俺が気にすんなって言ってるんだから気にすんな』
『本当強引なやつだな』
『お前には強引なくらいがちょうどいいんだよ』









* * * * *


あの日を境にして今の関係がある。
もちろんそれまで過ごした日々も忘れてはならないと思っているが、あの契約の日から二人の関係が変わったのは事実だ。
これまでよりも深く二人だけの世界というものが明確になっている。
それこそ契約関係だけじゃなくて生涯のパートナーであるかのように。





いつまでもペンタクルを見ているわけにはいかない。
急いで制服に着替えると、あまりに遅いから迎えにきた愁生と廊下で鉢合わせした。

「料理冷めるぞ」
「今行くって。それよりも愁生」
「どうした?」
「ありがとな、あの日俺を救ってくれて。お前がいなきゃ俺はとっくに死んでた」
「馬鹿だな。おれだってお前がいなければ……」


まだ話してる最中の愁生だったが、階下からは十瑚が二人を呼んでいるのが聞こえてきた。
片付かないから早く食べろと言いたいらしい。

「行くか、愁生」
「ちょ……、誰かに見られたらどうするんだ」

愁生の手を握って焔椎真は歩きだしたから、自然と引っ張られる形になる。
でもそれよりも愁生が気にするのは周りに誰もいないかどうかだ。
主人と執事が手を繋いでるなんて知られるのは非常にまずい。
なのに焔椎真は「大丈夫だって!」とあっけらかんと言ってのけるではないか。

「気づかれないって。皆下にいるからさ」
「仕方ない奴だな、お前は」

そのまま少しの時間だけ二人は手を繋いだ。
まるで何も知らず純粋だった子どもの頃のように。













雰囲気だけ「黒執事」ですみません(>_<)
焔愁焔に見えてたら良いなあ。

2010/10/20

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