校則違反 前編












風紀委員の仕事は非常に多岐に渡っている。
廊下を走る生徒を注意したり、眠り姫症候群なんてものが広がった時には事件解決の糸口を探すために聞き込みを行ったりもした。
今愁生がやっているのもその風紀委員の仕事の内の一つ。
風紀委員が校門前に立って、登校してくる生徒達の服装や髪型の乱れをチェックする。
ちょうどそれが今日なのだ。
朝早くから立って、制服や髪型が学校の許容する範囲から外れた者はその都度チェックし、一週間後にちゃんと直しているかもう一度チェックする。
もちろん文句を言われたりもするが、女子は愁生が笑みを浮かべて直すように促すと顔を赤らめながら頷くし、男子は「碓氷が言うなら仕方ないな」と諦めて直してくる。
周りからは「誰にも隔てなく人当たりの良い碓氷愁生」で通っているから、外敵は一部のやっかむ人間を除いてほとんどいない。
だけど一人だけ、頭の痛くなる相手がいた。



「焔椎真」
「げっ! 愁生……」



頭の痛くなる相手とはもちろん焔椎真のことだ。
見れば校門付近をこそこそしながら中に入ろうとしている焔椎真がいた。
どうやら校門を入ろうとする他の人間にこっそり隠れているみたいだが、生憎焔椎真は長身だし金髪だから目立つのだ。
しまったという顔をした焔椎真が後退りしたので、もう一人いた風紀委員の女子に他の人間のチェックを頼んで、焔椎真の手首をぐっと掴み逃げないようにした。

「髪型、服装、ピアス、どれも違反だ」
「うっせーな。そんなのは分かってんだよ」

焔椎真の姿を上から下まで目を遣り、愁生は違反箇所をてきぱきと指摘しながら、持っていたプラスチックのボードに何やら書き込んでいった。
げんなりした焔椎真が風紀委員が立っている時いつもしているみたいに、今日も学校を休むか授業が始まってから来れば良かったと内心思ったがもう遅い。
過去に何回かはそうやって免れてきたが、今日はころっと風紀委員によるチェック日なのを忘れていたのだ。

「猶予は一週間」
「直す気ねーから」

あくまで事務的に話す愁生に焔椎真がそっぽを向いて視界の端で反応を見てみると、愁生は一つ溜め息を溢した。
それがどうも反抗的な生徒に対してうんざりする教師みたいだったから、焔椎真はなんとなくむっとしてしまった。

「焔椎真……」
「直す気は全くねーから他の処分をすればいい」

焔椎真も愁生が意地悪をしてるわけじゃないというのはよく理解している。
ただ、風紀委員に属する者として与えられた仕事をしているだけ。
普段は焔椎真の金髪やピアス、服装を受け入れてくれてるのだ、愁生は。
だけど風紀委員だからこそ、違反者を容認してしまえば示しがつかないのも焔椎真はちゃんと分かっている。
本当は愁生に他の処分しろと言うのも心が痛んだが、服装はまだいいとして、金髪を元の髪色に戻したり、ピアスを外すなんて今更できない。
もうそれは焔椎真の中で自己を表現するものとして確立してしまっているから。

「直す気はないと?」
「……ない。全く」
「そうか。じゃあ今日の放課後、生徒指導室に来るように」
「分かった」
「もうすぐ授業が始まるから行っていい」
「…………」

周りを見れば人はまばらになっているし、これから校門を潜ろうとしている人間もいない。
愁生が告げたように、どうやら本当に授業開始時間が迫っているみたいだ。
焔椎真は無言のまま愁生に背中を向けた。









* * * * *


今朝愁生に金髪とピアスと服装を止められたんだと休み時間に同じクラスの夕月に話せば、「愁生くんも大変ですね」と返してきた。

「大変?」
「はい。焔椎真くんの金髪もピアスも服装も、本当は風紀委員だからって注意したくないだろうし、焔椎真くんに強制的に直させるのも愁生くんは本当はやりたくないんじゃないかなって思います」
「…………」
「焔椎真くんが焔椎真くんであるならそれだけで愁生くんはいいんじゃないかって。……ってあれ? 僕、出過ぎたこと言ってますよね。すみません」

顔を赤くした夕月に「いや」と焔椎真は首を振った。
夕月の言うことは焔椎真も思っていたものだ。
愁生はツヴァイルトで焔椎真のパートナーだから。
確かにそれもある。
だけど幼い頃から泣くことも笑うことも、他にも多くを共有してきた唯一の人間だから、おのずと相手の考えは読めるのだ。
きっと焔椎真と愁生の立場が天秤にかけられたら、必ず愁生は焔椎真を選ぶ。
それは自惚れじゃなくて、必ずそうなるのだという絶対の自信と予感が焔椎真にはあるのだ。
だけどやっぱり愁生にも立場がある。
生き死にならまだしもこんな些細な出来事で愁生の手を煩わせたくない。
朝、反抗的な生徒にうんざりする教師みたいだなんて愁生に対して思ったことを焔椎真は内心で詫びた。

「夕月、ありがとな」
「えっ?」

何故自分がお礼を言われたのか分かっていない夕月を横目に見ながら、焔椎真は放課後のことを考えた。
髪を元に戻したりピアスを外すなんてできない。
でもそれが愁生に面倒をかけさせている。
一体どうしようか、どうしたら解決するのか。
窓の外の校門を見ながら、焔椎真は簡単には出てこない解決策に溜め息を吐いた。













2010/8/14

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