今日という日











誕生日は自分自身がこの世に生まれ出でた日で、だからこそ両親に感謝をすべきだと小学生の頃に担任の先生が言っていた。
でも与えられた愛情が実は偽りだったと知らされた焔椎真は両親に絶望したし、それぞれの希望もあって今はお互いに離れて暮らしている。
天白に引き取ってもらうことは両親のたっての願いだったし、嫌われているなら共にいる理由はないのだから。









誕生日を迎えた焔椎真を黄昏館の皆は盛大にお祝いしてくれた。
今日は黒刀との喧嘩も控えようと思っていたのに、どっちが先に口を出したのかもう覚えていないが、いつのまにか普段どおりに言い合いを始めてしまったのが数時間前。
周りの皆はこんな日なのに相変わらずだと溜め息を吐いていたし焔椎真自身も同じ気持ちだが、実際それが楽しいのも事実だ。
九十九からは「これ新商品だから」と言われて誕生日プレゼントとおぼしきお菓子を渡されたり、千紫郎は遠間と一緒に今日の夕食で腕を奮ってくれた。
他の皆も心を込めて祝ってくれたり遠回しであったり、遠すぎて首を傾げるくらいの分かりづらさだったりと様々だが、気が置けない者達と過ごす誕生日はすごく有意義なものだった。
何度も転生を繰り返してきたけれど今回の転生ほど強固な仲間意識をもったことはなかったし、だからこそ今の仲間達にどんな形であれ祝ってもらえるのは嬉しい。
中でも一番嬉しいのはやっぱりたった一人のパートナーに今世でも、そして今年の誕生日もまた祝ってもらえることだ。
たくさんの前世の記憶の中で毎回最も傍にいてくれた存在で、誰よりも心を許しているのは言うまでもない。
だから今回もまた一緒に過ごせて素直に嬉しいと思っている。




「焔椎真、お前どうしたんだ? さっきから顔がにやけてるぞ」
「……え? そうか? 俺今にやけてたか?」

唐突にそんなことを言われて反射的にぺたぺたと顔を触ってみるが、自分では表情なんて指摘される今の今まで全く気にもしてなかった。
隣では焔椎真の反応が面白かったのか愁生がくすくすと笑っているが。

「ああ、にやけてたな。誕生日だから嬉しいのは分かるけどさっきからずっとだぞ」
「マジかよ……」

そんなににやけてるにやけてると何度も言われても鏡がこの場にあるわけじゃないから、自分がどんな顔をしていたか分からない。
ただ、皆と一緒に過ごす誕生日が楽しくて面白くて、そして嬉しかったのは本当だ。

「なあ、愁生。誕生日っていいよな」
「どうしたんだ、急に。プレゼントを貰えるからか?」
「別にそういうわけじゃないけどさ。……ってそれじゃ俺がプレゼント目当てに誕生日を嬉しがってるみたいじゃねーか!」
「あれ? 違うのか?」
「ちっがーう!! いや、まあ、でもくれるならありがたく貰うけどさ」
「どっちなんだよ」

憤慨してみせたり本音を漏らしたりして百面相をしている焔椎真に愁生は「あははっ」と笑う。
もちろんプレゼントを目当てにしてるだなんて冗談で言っただけだ。
本気であるはずがない。
誕生日を祝う席で本人がすごく楽しそうにしていたのは見てればすぐ分かったし、そんな焔椎真を眺めてるだけで愁生自身も心の底から幸せになった。
感情に身を委ねるまま人を燃やしてしまってからは誕生日すら友達から祝われなくなったし、焔椎真の両親は息子を疎ましく思っていたのに、「神の声」の能力を発動されたくないからと息子の誕生日を上辺だけでこなしていた。
それを知っている愁生にとって今の状況は以前からは考えられないくらいの変化だ。

「なあ、焔椎真」
「ん?」
「今幸せか?」
「なんだよ、いきなり」
「いいから」

突然の投げ掛けに訝しく思ってみた焔椎真だが、愁生の瞳は真剣そのもので。
だからこくりと頷いた。

「幸せ、だ」
「そうか。なら良かった」

心底ほっとしたような声の愁生は「それから」と言い、服のポケットから手の平サイズの物を取り出した。

「これ、おれからのプレゼント」
「本当か?! ありがとな! 開けていいか?」
「ああ。いいよ」

渡された物を見れば光沢のあるブラックの袋に金色の箔でお店の名前が印字されている。
普段は粗暴な焔椎真だが丁寧な手つきで袋から取り出し、中にあった白い箱を慎重に開けるとそこには片耳用のシルバーのピアスが入っていた。
耳たぶに触れるスタッド部分には四方が扇状となったクロス。
そこから二連の長さの違うチェーンが揺れていて、長い方には大きめのクロスと、その中心にはルビー。
短い方の先には涙型のダイヤモンド。
クロスはどちらもゴシック調にアレンジされていて、全体的にイブシ加工が施されたデザイン性の高いものになっている。
これが焔椎真にだってあっさり買える値段じゃないとの想像はつく。

「愁生、これ」
「焔椎真、誕生日おめでとう」
「ありがとな、……ってそうじゃなくて!」
「何か問題があるのか?」
「これって安くないだろ!」
「値段の話は却下だ」
「うー、分かったよ。じゃあ、これありがとな」
「どういたしまして」

まだ言い足りないらしい焔椎真だがそう諭されたら素直にお礼を述べるしかない。
プレゼントのピアスを手に取って早速つけてみたいなと思い、自分の左耳に嵌められているピアスを手早く抜き取っていたが、はたと気付いた。
愁生に嵌めてもらえばいいんじゃないかと。

「なあ、愁生。これつけてくれないか?」
「ピアスをか?」
「そう。誕生日だからさ、いいだろ?」
「仕方ないな」

溜め息を吐いてみたが焔椎真の願いは叶えてやりたくて愁生はピアスを受け取り、耳たぶをそっと掴んでピアスホールを撫でるように確かめた。

「……っ、」

手つきはひどく丁寧で、まるで壊れ物を扱うみたいに触れる仕草に背中がぞくぞくする。

「お、い……っ、しゅう、せ……」
「動くなよ?」
「…………」

ピアスを嵌めてくれるだけで良かったのに愁生の思いもよらない触れ方に焔椎真は戸惑いの声をあげた。
なのに当の本人はいたって普通に見える。
なんだか釈然としないが動かずにいろと言われたらピアスを嵌めてもらってる手前、そうせざるをえなくて。

「それでいい」
「くっ……そ……、絶対……俺で遊んでるだろっ」
「そんなことないよ」

しれっと答えた愁生は性格が悪いなと内心毒づきながらも焔椎真はじっとしている。
ピアスを留めるキャッチのないタイプのそれは、スタッド部分から伸びる長い金具を耳の後ろへ差し込むだけでよくて、愁生はゆっくりとピアスホールに埋め込んでいく。

「できたぞ」
「あ……、りがとな。これ、大切にするから」

耳に揺れるピアスはシャラリと心地よい音色を生み出している。
新しいピアスに触れる焔椎真がすごく嬉しそうだから愁生にも自然と笑みが浮かぶ。
焔椎真の前以外では絶対にしない柔らかくて穏やかで幸せそうな笑み。

「焔椎真」
「ん?」
「生まれてきてくれてありがとう。現世でもまたおれと共に生きてくれて」
「馬鹿。そんなのお互い様だ」








誕生日は自分がこの世に生まれ出でた日で、だからこそ両親に感謝をすべきだと小学生の頃に担任の先生が言っていた。
でも与えられた愛情が実は偽りだったと知らされた焔椎真は両親に絶望したし、それぞれの希望もあって今はお互いに離れて暮らしている。



親から嫌われ疎まれ偽りの愛情を向けられ、たまに会いに来てはお金をせびる両親に二度と関わりたくないと焔椎真は思っている。
与えられる愛が偽物だったと知って自分を消そうとしたくらいだから。

だけど、それでも。
この世に生を与えてくれたことにだけは感謝している。
大切な仲間達と、そして一番大切なパートナーにまた巡り合うことができたのだから。




今日という大切な日を祝ってくれていないだろうと知りながらも、焔椎真は両親に感謝せずにはいられなかった。














焔椎真誕生日おめでとう!
遅くなってごめんね。

2010/8/6

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