背中で感じるぬくもり








※拍手お礼小説(6/17〜7/19掲載分)を加筆修正。







部屋の中央、毛足の長い絨毯の上に座ってマンガの新刊を読んでいた焔椎真は、天白に呼ばれた愁生が漸く戻ってきたのをドアの開く音で認識した。

「お疲れさん。遅かったじゃないか」
「焔椎真。お前、まだ起きてたのか?」
「ああ」

明日は学校が休みとはいえ、もう午前0時をとっくに回っている。
愁生は焔椎真がもう自室で寝たと思っていたので、若干の驚きを隠せずにいた。
天白に呼ばれた際に、焔椎真にはきっと遅くなるはずだから先に寝てていいとちゃんと言って別れたのだから。

「お前が天白に呼ばれて頑張ってるってのに俺だけ先に寝てられないだろ」
「そうか」
「ところで今回のはけっこう長かったじゃないか。面倒な案件なのか?」
「犯人捜しに少してこずったけどもう大丈夫だ。どうやら緊急性も低いみたいだから夜が明けたら天白様が警察に報告されるだろう」
「ふーん」

焔椎真が頷く傍ではやっと犯人捜しから解放されて戻ってきた愁生が、今着ている私服を脱いで寝る時着用している服に手早く着替えていく。
焔椎真との悲しいすれ違いや過去のわだかまりを越えた今は、愁生はもう火傷を焔椎真の前で隠したりはしなくなっていたし、焔椎真の方も火傷を見ても後悔に顔を歪めたりしなくなっており、責めてばかりいた自分の過去からも目を逸らさずいるようになれた。

「…………」

愁生が着替えているのをちらりと見た後、目線を戻して焔椎真は黙々とマンガを読んでいたが、どうやらそれもそろそろ終わる。
予定よりも戻りが遅くて気になっていた愁生も天白の元から無事帰ってきたし、そろそろ自分の部屋に戻った方が良いなと考えていたら手元のマンガはラストのページを捲ってしまっていた。
読み終えたマンガをパタリと閉じて愁生の方を見れば、どうやらこっちも着替え終わったみたいだ。

「じゃあ俺は部屋に戻るわ」
「そうなのか?」
「犯人捜ししてお前疲れてるだろ? 早く寝た方がいいぞ」
「焔椎真、お前は戻ってもう寝るのか?」
「いや、それがまだ眠くねえんだよなあ。適当にゲームかなにかしてる」

言いながらマンガを持って立ち上がった焔椎真は、「それじゃあな、おやすみ」と告げながら愁生に背中を向けた。
確かに焔椎真の指摘したとおり、時間帯が時間帯だから寝るに限るのかもしれない。
今まで犯人捜しで集中力を高めていたから疲れていないとは言わないし、焔椎真が気を遣ってくれてるのも理解できる。
でもこういう時だからこそ、傍にいて癒されたいと願うのは駄目なことなのだろうか。


「まだ眠くないのならここに居ればいい」
「いや、そうは言うけどお前疲れてるだろ? 早く寝て身体休めた方が良いんじゃないか?」
「大丈夫だから」
「そう、なのか?」
「ああ」

戸惑ったままだったので愁生は先ほど焔椎真がいた場所のすぐ傍に腰を落として座った。
焔椎真が向いてた方とは逆方向を向いて。
そうすれば焔椎真は愁生が何故こうやって座ったのか理解したようで、握りかけていたドアノブから手を遠ざけ、さっきマンガを読んでいた場所に同じ体勢で座り込んだ。
すると互いの背中同士が触れ合って、体温の温かさや安心感をお互いにじんわりと伝えてきた。

「本当にいいのか? 寝なくても」
「いいって。どうせ明日は学校も休みなんだからな」
「愁生がそう言うなら」

焔椎真と愁生は互いに反対方向を向いて喋っているから表情なんて全く分かりもしない。
けれど背中を相手に凭れさせているとなんだかひどく心地好い。
いつまでもずっとずっとこうしていたくなるような安堵を与えられる。

「こうやってるとさ、なんか安心する」
「安心?」
「愁生がちゃんとここにいるんだなって。俺の傍にちゃんと」
「馬鹿。そんなのおれだってそうだ」

どんな時でも背中を任せられるのは、自分のたった一つしかない命を預けられるのはこの人間以外いないんだと、心も身体も、それこそ細胞の一つ一つや身体に流れる血の一滴、自分を形成するもの全てがそう叫んでいる。
何度も何度も転生を繰り返し、そのたびに唯一のパートナーとしてお互い組んでいるのだからそれはむしろ当然といえば当然で、何ら特筆すべきことではないのかもしれない。
けれどパートナーという枠組みを超えてでも心が相手を求めるのは多分きっと。
この輪廻転生が死ぬ前に操作されたものであるのは十分理解している。
天白に死ぬ前に術を施されて生まれ変わる焔椎真と愁生。
戦うために生まれたのだと言われれば否定はできない。
だけどそれでも、『全ては定められた事象』として片付けてしまいたくはないのだ。

たとえこれが定められたことだとしても、今この瞬間に痛いほど感じる相手への恋慕にも似た感情は誰にも否定させるつもりはない。



焔椎真が愁生を。
愁生が焔椎真を。



焦がれるのは、求めるのは、欲するのは、定められた運命に翻弄されてるからじゃなくて、ましてや誰かに操作されたわけでもなくて、紛れもない自分の意志なのだと。
神でもいい、他の何者でも構わない。
そのことを目には見えない誰かに伝えたい。











2010/7/19

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