大好きだから1








※子愁生×子焔椎真







「碓氷くんって頭も良いしスポーツ万能だし優しいよね」






ある日の休憩時間に教室で女子数人が楽しそうに愁生の話をしているのが焔椎真の耳に入ってきた。

(あいつの話、か)

クラスにも周りの人間にも馴染めていない焔椎真はいつも一人だ。
だからこの時間は自分の席で何をするでもなく机に肘をついて頬を乗せ空に浮かぶ雲を見ていたが、ふと聞こえた噂話になんとなく耳を傾けた。

「碓氷くん、格好良いしね〜」
「そういえばこの前のテストもまた学年一位だったみたいだよ、碓氷くん。」
「本当すごいね〜」

愁生は昔から男女問わずたくさんの人間に好かれている。
たまには愁生の溢れる能力に嫉妬する男子がいたりするが、そんなのはごく少数だ。
女子が言ったように誰にでも優しいから愁生を悪く言う人なんてほとんどいない。
その事実は焔椎真を嬉しくさせるには十分だった。
世界でただ一人のパートナーがたくさんの人に好意的に見られているのは片割れとして気持ちいいし自慢だ。

「そういえばこの前先生に頼まれてクラス全員分のノートを職員室に持って行こうとしたら碓氷くんが気付いてくれて、『重いよね。持つよ』って言ってくれたの。本当嬉しかった!」
「そうなんだ〜。碓氷くんと話せていいな〜。羨ましい」
「本当だね」

女子達の話はかなり盛り上がっていてまだ当分終わりそうにない。
周囲のことなんて気にしていないのか声はけっこう大きく、焔椎真は噂の一つ一つに頷いたり、そこは違うんだよ、なんて内心首を振ったりしていた。

『神の声』の能力が暴走して以降、焔椎真の傍から友達は皆去っていったので休憩時間はいつも一人だ。
誰も焔椎真とは話そうともしないし、無視されることだってたくさんある。
最初はそれでも皆に好かれようと頑張っていたが事態は一度も好転せず、そのうち仕方ないんだと諦めてしまった。
以来、休憩時間は誰かと話すでもなく、自分の席で休憩が終わるのをただボーっとしながら待っている。
時間はやっぱり長く感じられてしまうが、でも時たま聞こえてくる女子達がする愁生の話は、焔椎真に時間を忘れさせてくれることもあるので好きだ。

「碓氷くんのこと良いな〜って思ってるんだけど多分他の子達も同じだよね?」
「そうだね。碓氷くんは倍率高いと思うよ」
「やっぱりー? ショックだけどそんなもんだよね」
「碓氷くんだからねぇ」

内容が内容だから女子達が声のトーンを少し落として話しだしたその時だった、クラスの出入口の扉に愁生の姿が見えたのは。
驚いたのは焔椎真だけでなく、それ以上に今まで愁生の話をしていた女子達は慌てて口を両手で覆って話をやめてしまった。

「焔椎真」
「愁生」

愁生に呼ばれた焔椎真は席から離れて愁生の元へと向かっていたが、さっきの女子達の横を通った時に微かに聞こえてきた。
小さい声で「なんで蓮城にあの碓氷くんが用事あるのよ」と。
そんなふうに言われるのは仕方ないと思っている。
だけど言い返すつもりもない。
愁生の話自体は女子同士が勝手にしていることであり焔椎真は実際にはその話に何の関係もないが、彼女達は焔椎真に愁生の話題を間接的に提供してくれるのだから。
一人のつまらない時間を忘れさせてくれたり愁生を褒めてくれたり、彼女達には本当にありがたいと思っているのだから、言い返したり問い詰めたりなんてしない。

「どうしたんだ? 愁生」
「今日は早く帰れるよ」
「そっか。じゃあ帰りにどっか寄って帰ろうぜ」
「まっすぐに帰ってないのが見つかったら怒られるんじゃないか?」
「そうかな? じゃあ愁生が言うなら諦める」

焔椎真と帰りの約束をして愁生は自分のクラスに帰っていった。
また元通り焔椎真が自分の席に戻ろうとしたらやっぱりさっきの女子達は「何でなの?」という目を向けてきて。
視線を合わせる気もなくて適当に目線を別の方向に遣れば、ちょうどそこにいた人間もさっきの女子達と同じような「どうしてあんたなんかが?」という目をしていた。

(そんなもんだよな)

周りからすれば学校一の有名人と名高い愁生が、いつも一人でいる自分に用があるなんておかしい以外の何物でもないのだろう、彼女達には。
でもそんな異端児を見るような目を向けられるのには慣れてしまった。
それよりも楽しみなのは今日は愁生と帰れるってことだ。
女子達が話していた愁生の話を本人に聞かせてあげよう。
愁生だって自分が周りの多くの人達から好かれたり好意をもたれてると知ったら嬉しいだろうから。

焔椎真は自分の噂を聞いて驚いたり嬉しそうにしてる愁生の姿を頭に思い浮かべて、こっそりと誰にも気付かれないようにくすっと笑みを浮かべた。
帰りがけに焔椎真から聞かされた愁生が怒るとも知らず。












2010/7/10

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