雨が降っても







「今日は無理か」
「そうだな」

至極残念そうに呟かれた焔椎真の言葉は愁生にとっても同様に感じているもので、そんな返事しかできなかった。







* * * * *


黄昏館の焔椎真の部屋には大きな窓があり、その窓際に腰を下ろして焔椎真は愁生とたくさんの話をする。
大好きな星を見ながら。
だから七夕の日である七月七日ももちろん愁生と話ができたら良いなと思っていたが、生憎見上げた空には雲が厚くかかっていて全てを覆い隠しているから星なんて少しも見れそうにない。
そのうえさっきから数時間ごとにしとしとと雨が降っていて、天気予報を見る限り今日は星を眺めるのに適していないとお天気お姉さんにテレビの向こうから言われてしまった。

「あーあ。せっかくの七夕なのに星が見れないなんてな」
「仕方ないさ。この天気じゃ」
「そうなんだけどな」

何日も前から笹には黄昏館の皆で飾り付けをしたし、振る舞われた今日の夕食はとても美味しかった。
仲間と過ごす時間がすごく楽しいものであったのは認めざるをえないが、やっぱり七夕といえば醍醐味は夜空を見上げる事だと常々焔椎真はそう思っている。
ともすれば元々星を眺めるのが好きだからそう思うだけだと十瑚達には言われかねないが、一年に一回しかないのだ、七月七日というのは。
しかも過去の七夕の日に遡ってみればその多くは曇っていたり雨が降っていたりで、天気予報では今日という日も星を見るのは厳しいと言われていたがそれでもなんとか晴れるように願っていたのだが叶わなかったようだ。

「そういえば雨が降ったら織姫と彦星は会えないんだよな?」
「ああ。織女星と牽牛星が七月七日に会おうにも雨が降ると天の川は氾濫して二人は会えなくなる。確か伝説ではそう言われてる」
「へえ、詳しいな。でもそれってなんか寂しいよな。せっかく一年に一回しか会えないのにさ、その日にも雨が降って会えなくなるなんて」
「そう、だな」

関心があるように見せかけた返事をしたが、実際愁生には織姫や彦星の話なんて本当にどうでも良かった。
二人が会おうと会えまいと知った事ではないし、二人の伝説にも全く関心がないのだ。
でも二人が会えないとなると、この日に夜空を見る事を楽しみにしていた焔椎真が肩を落とすし、二人で星を見る事ができないのは愁生にとっても残念だ。
焔椎真を何をおいても最優先にしている愁生にとって、七夕とはその程度のものでしかない。
別に織姫や彦星に願いを叶えてもらおうとも思っていなかったし叶うとも思っていなかったので、昔学校で七夕のお祭りがあった時は教師に短冊に願いを書くよう言われても結局適当な願いしか書かなかった。
ただ、学校から離れて焔椎真と二人だけで七夕を祝った時には焔椎真が用意した短冊にちゃんと本当の願い事を書いたし、二人でする七夕の方が学校での七夕よりとても楽しかったのを覚えている。
そこには七夕の伝説なんて関係ない。
願い事も織姫と彦星に頼んだわけではないし、唯一願いを叶えてほしい相手は焔椎真で。
愁生には『焔椎真と共に在る』という事実だけが全てだった。

「愁生、お前あまり織姫とか彦星に興味ないだろ?」
「まあ、な」

昔焔椎真と過ごした七夕の日を思い返していたら核心を突く質問を投げ掛けられ、なおかつ返事を聞いた焔椎真から「やっぱりな」なんて言われてしまった。

「でもお前は興味ないかもしれないけどさ、織姫や彦星に比べたらいつも一緒にいれる俺達はラッキーだよな。お前と一年に一回しか会えないなんて俺には耐えられそうにない」
「ああ、おれもだ。天白様のおかげで転生もできて、おれは生まれ変わるたびにお前と巡り会う事ができる」
「そういう意味では天白に感謝だよな」
「そうだな」

目を窓の外に向けるとまたぱたぱたとガラスを雨粒が叩きだし、微かな音を奏でている。
少しだけ開けていた窓を今度はきっちりと閉め、空を見上げつつ二人は他愛ない話をする。

「雨、朝にはあがってると思うか?」
「多分あがってるんじゃないか。天気予報では明日は晴れらしいからな」
「そうか。……なあ、愁生」
「ん? どうした?」

何が頭に浮かんだのか、焔椎真の表情は途端に神妙なものになっていて。
何故か「笑うなよ?」と釘までさしてきたので一つ頷く。

「俺とお前が仮に織姫と彦星みたいに一年に一回しか会えなくなったらさ、七月七日は俺頑張るからな」
「何を?」
「天の川が雨で氾濫したとしても……」
「…………」






『雨が降っても天の川を渡って会いに行くよ』





よくそんな殺し文句が浮かぶなと思ったが焔椎真の目は真剣だ。
星のようなキラキラした嘘偽りのない言葉に愁生が何度救われてきたか焔椎真は知らない。
やっぱり焔椎真にはかなわないなと愁生は感慨に耽りながら、パートナーが誰でもない焔椎真で本当に良かったと改めて感じていた。





「雨が降ったら愁生も天の川渡ってくれるか?」
「渡れるくらいの川だったらな」
「なんだよ、ちぇ……っ」

焔椎真はがっかりしながらも空を見上げていたので同じように愁生も空を見上げた。






『必ず渡るよ。お前に会えるなら』













2010/7/7

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