腹上死、やってみる? 「腹上死……か」 唐突も唐突、愁生の部屋で焔椎真がいつもと同じようにゲームに熱中していたら、ふと愁生がぽつりと呟いた。 消え入るような声でもなかったが、かと言って堂々と発言したわけでもない。 焔椎真の持っている携帯ゲーム機から流れる音楽よりもやや小さいくらいの声は、それでも焔椎真にははっきり届いていた。 確かに届いてはいたが、それが愁生自身で完結してしまえる類のものか、焔椎真に向けて言ったのか判断するのに若干時間を要して。 けれどもっと重大なのは今言った言葉がどうにも突飛すぎた事だ。 単語の意味をいくら考えても疑問符だけが残ったので焔椎真は早々に考える事を放棄し、ゲーム機の一時停止ボタンを押して愁生に尋ねる。 「……何か言ったか?」 すると今まで窓にじっと目を遣っていた愁生は焔椎真の方へ気怠げに顔を向けて、一つ溜息を零した。 もしもこの場面を学園の女子達が見ていたらどうだっただろうか。 『王子様』や『貴公子様』と呼ばれる愁生の学園での知名度は高く、ファンの者達が見たらキャーキャー騒いだか卒倒していたかもしれない。 それほどまでに破壊力と色気のある表情と仕草だったのだ。 もちろん言った言葉がこの場にそぐわないものでさえなければだが。 「……愁生?」 問い掛けても返事がないので名前を呼んでみれば、愁生はこれまた女子がうっとりしそうなほどの綺麗な笑みを焔椎真へと向けてきて。 「腹上死って知ってるか?」 「……は?」 「腹上死」 驚いただけで別に聞こえなかったわけではないのに、愁生はなおも腹上死という単語を持ち出し、焔椎真の頭の中をさらに混乱させてきた。 途方もなく困ったのは焔椎真の方で、一体愁生が何を求めているのか全く分からない。 いや、本当は分かっている。 愁生が聞いてきたのは腹上死の意味を焔椎真が知ってるかどうかだ。 確かに意味自体は知っているが、それが一体何だと言うのだろう。 「確かセックスの最中に男が死ぬ事だろ? それがどうした?」 「へえ、よく知ってるな。すごいじゃないか」 「こんなので誉められても全然嬉しくねえっ!」 からかわれたと感じた焔椎真はゲーム機の一時停止を解除してゲームを再開しようとしたが、くすくすと笑いながら焔椎真のいるベッドに近づいてきた愁生は、自分も同じくベッドの上に乗って焔椎真のゲーム機を奪い取り、あっさりと電源ごと切ってしまった。 「ああっ!」 せっかく前回よりも進んだがまだセーブをしていなかった焔椎真は、愁生のいきなりの行動に唖然としてがっくりと肩を落とした。 「もう、何だよ一体」 「腹上死ってどんな感じかと思ってね」 「だから俺に聞かれても知らねーって! そんなに知りたきゃ……」 そこまで言うと焔椎真ははっと して口を押さえた。 案の定愁生の表情が不敵で黒くてぞっとするような意味ありげなものに変化していて、焔椎真は自分が地雷をがっつり踏み込んでしまったのだと理解したからだ。 「そうだな、そんなに知りたきゃ試してみようか。……相手はもちろんお前で」 「いや、別に俺は知りたくねーし……」 ベッドの上を目の前の人間から逃れるためにずりずりと後退りしたが、愁生は大好物の獲物を見つけた肉食獣のようにギラリと目を光らせた。 もうまるで捕食者の目だ。 「いやいや、待て待て! 話し合おう! 腹上死って言うけど死んだら意味ねーだろうが」 「大丈夫だ。死ぬつもりはないから話し合う必要はない」 「意味全然分かんねーぞ! 腹上死の話はどこ行ったんだよ!」 「まあ平たく言うなら腹上死って言葉をお前の前で言ってみたかっただけだ。どんな反応するのか気になってな」 「お前性格わりーな!」 焦る焔椎真を意に介さず愁生は一歩一歩距離を縮めていく。 こうなってはもう焔椎真に勝ち目なんかなくて、ああ、ヤバイな、なんて考えた次の瞬間には唇はきっちり愁生に奪われてしまっていた。 「んんっ!」 頭の後ろを愁生の手で固定されては顔を捻ってキスから逃げる事もできなくて、口内に忍び込んでくる舌の絶妙な動き方に次第に脳内は溶かされていく。 「ん……んんっ!」 焔椎真が息ができず苦しくなるとそれに気付いてほんの少しだけ唇を離した愁生だったが、直ぐ様また唇を重ね合わせ乱暴に舌を絡めて快楽に身を委ねさせ、だんだんと焔椎真の理性を削ぎ落としていく。 こんな時絶対に焔椎真は口に出しては言わないが、とろりとした目が本能に従順でキスの先を求めているのは明らかだった。 ああ、お前は可愛いな。 真っ白で純粋で。 だからこそ…… だからこそ、おれは…… さっきはああ言ったが腹上死の話はあながち嘘ではない。 お前と繋がりながら、 お前以外何も考えず、 狂うような絶頂の中で お前と共に腹上死でもしたら幸せだろうか? 落とし所はシリアスで申し訳ない。そしてエロ無しで申し訳ない。むしろ色々申し訳ない。 2010/6/11 |