愛し方を教えて







愛し方が分からないのだと言った。
どうやって愛したらいいのか教えてほしいと。







* * * * *


弟を助けようとした焔椎真が自分の感情を抑えきれなくなって相手に「神の声」の力を使ってしまい、一気に周りの態度が硬化したのは、それこそ早いか遅いかの違いはあれど誰にも止められない出来事だった。
大体小さな子どもが感情を完璧にコントロールするなんて至難の業だ。
大人だってできない人間もいるのに。
しかし力の暴発を期に今まで焔椎真の周りにいたたくさんの人間が一人また一人と去っていくのも止められない事だった。
機嫌を損ねれば自分も燃やされるんじゃないかという恐怖、関わりたくないという拒絶や自分と違うものを排除しようとする排他的な行動に言動。



『なあ、今日は何して遊ぶ?』
『ママがホツマと遊んじゃ駄目って言うから遊べない……』


『蓮城焔椎真って子、なんか気味が悪い……』
『この前人を殺そうとしたし、関わってこっちまで殺されちゃたまんないわよね』


『放課後野球やんのか? だったら俺も混ぜてくれよ』
『うわっ、蓮城だ! 蓮城も野球やりたいらしいぜ』
『……蓮城が来るなら今日は野球やめよっか』
『そうだな。他の所行こう』
『なあ、おい、待てって! 野球やめちゃうのか? おいってば!』


『うわっ、どうしよう。蓮城と目が合っちゃった』
『それマジでヤバイんじゃないの? お祓いしてもらったら?』






『皆待ってくれよ! 頼むから! なあ、誰か……誰か……』






それでも人間が「大好き」な焔椎真だから避けられたり無視されたり悪辣な言葉を投げられても最初は頑張っていたが、マイナスの感情を圧倒的な人数で圧倒的な強さで注がれれば、心身共に徐々に疲弊していくのは避けようがなかった。
そしてある日、ぱったりと人を寄せつけなくなったのだ。
自分から一人になりたがり、クラスの人間とも必要最低限しか話をしなくなり、どこか影を映し出して人を拒絶しだした焔椎真。
愁生には焔椎真がどれだけの苦しみを抱えているかは正確には分かりようがなくて、でもその苦しみを察してずっと傍にいた。
時には傍にいるしかできない自分に腹立たしい気持ちにもなったが、簡単には解決できない問題である事も事実で。


そうやって長年寄り添い合っていたが、いつしか成長した愁生は女の子と二回ほど付き合うようになった。
男女の関係を結んで焔椎真以外の人間を近くに寄せて。
しかし二度に渡っての新しい日々にはどちらも楽しさを感じられず心踊る事もなく、それどころか付き合いだした女の子達の我が儘や束縛したがったりされたがったりする態度に酷くうんざりしていた。
そして愁生が面倒くさいなあと感じながらも二人目の女の子と惰性で付き合いだしてなんとなく過ごしてきた折、ぽつりと焔椎真が言った。




「愁生」
「焔椎真、どうした?」
「人を愛するってどうしたらいいんだ?」
「はっ?」


素っ頓狂な声が出てしまったのは仕方ないと思う。
真剣な表情を向けてきたから何かと思って身構えたのに、どうやって人を愛したらいいか、だなんて驚くなと言う方が無理だ。

「そんな単純には答えられないな。愛する事なんて人それぞれだろう?」
「それは分かってるさ。だけどお前は以前にも付き合ってたし、今も恋人がいるだろ? だからお前の経験として人を愛するってどうしたらいいのか聞きたいんだ」

冗談だったらまだ分かるが焔椎真は真剣さをさらに深めてじっと愁生の瞳を見つめてきた。
しかし愁生にしても付き合いだした女の子との話を焔椎真にするのは気が引ける。
それは愁生とその子だけの秘密とか照れてるとかそんな簡単なものじゃなくて、焔椎真から離れて自立した方が良いと考えて付き合いだしただけの事。
女の子には悪いが、これといった感情もなく『特別』だとも思えないし、今焔椎真に『恋人』と言われてその単語に疑問をもってしまったくらいだ。
そして自立しようとした事が何故だか焔椎真を裏切っているような気持ちになってしまった。

「…………」

そんな愁生だから何かを明確に答えるなんてできなくて言葉に詰まっていたら、焔椎真がまた語りだした。

「俺はさ、『神の声』を持っててたくさんの人から嫌われたし、愛したいと思った人達は皆去っていった。親も友達も。だからもう今更近くに誰かを置くなんて事もできないんだ。もう二度と自分の元から去っていく姿なんて見たくないからな」
「…………」
「だからか知らないけど愛し方が分からないんだ。人を愛したいと思っても俺が愛すれば皆迷惑するだろうし、誰も俺からそうされる事を望んでない」





『愛する事を知らず愛される事もない人間は、死ぬ瞬間まで誰の心にも残らない』





内容のわりに言葉と表情はひどく穏やかで、何の話をしていたのか一瞬忘れそうになる。


(ああ、違う。誰の心にも残らないだなんてそんな事)



「どうやって愛したら人を傷つけずにすむんだろうな」



愁生は立ち尽くしたまま自嘲した焔椎真を力一杯抱きしめた。


(ああ……、お前は変わってないんだな。少しも)


人間が「大好き」なのにその人間から嫌われて、それでも人間が「大好き」だから愛したいと願ってやまない。
精一杯生きる焔椎真に対して自分はどうだったろうか。
焔椎真から自立した方が良いとか考えてみたり、好きでもないのに女の子と付き合ってみたり。
結局何がしたかったのか自分でも分からないほど、ただ無為に過ごしてきた。
焔椎真は「大好き」な人間から嫌われても、それでも愛したいと願って人間を見棄てずにずっと生きていたのに、戦ってきたのに。


(おれは今まで何のために)



焔椎真が生きているから自分も生きてきた。
焔椎真が戦うから自分も戦ってきた。
そこに人間がどうこうなんてものは全くなかった。


「ごめんな、焔椎真……本当に」
「ん? 何でお前が謝るんだ?」
「いいから謝らせてくれ」
「なんだかよく分かんないぞ、愁生」


戸惑う焔椎真をなおも抱きしめながら愁生は焔椎真の肩口で謝罪の言葉を幾度も口にした。


大好きな者から何度となく傷つけられてもなお心が綺麗な君。

君が人間を嫌うのなら同じようにおれも人間を嫌おう。
君が死を選ぶのなら同じようにおれも死を選ぼう。



だけど、



たとえ君が人間から嫌われても人間を見棄てずにいるのなら、同じようにおれも人間を見棄てずにいよう。
たとえ君が辛くても生きていくのなら、同じようにおれも生きていこう。


おれには『君自身』と『君との絆』だけが真実で、そしておれを構成する総てだから。




愛し方を教えてほしいと言った君。
君はもう愛し方を知っているよ、十分に。
君自身がそれを知らないだけなんだよ。

















2010/5/28

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