Don't Cry 3









最後に子犬に会ったのはいつだったか。
もう何日も前に思えるし、まだたいして日は経っていないのかもしれない。
焔椎真はあれからも毎日子犬に会いに行ってたみたいだが、愁生はなんだかんだと理由をつけて行かなくなっていた。
誰かから逃げていると罵られても仕方がないし己が弱いとも思っているが、どうしても見ていられなくなったのだ。
自分以外にあれほど心を砕く焔椎真も、この先辿るだろう辛く悲しい運命も。








「ホツマ?」
「シュウセイ?」



放課後クラスの人間に勉強を教えてほしいと言われて面倒だけどまあいいか、でも焔椎真と帰れなくなるからそのことだけでもあいつのクラスまで言いに行かなきゃと廊下を歩いていたら、ふらりとよろめきながら前を歩くよく知った彼が見えた。
足取りが妙におぼつかなくてなんだか見ていて危なく感じられたので慌てて名前を呼べば、くるりと振り返った姿に息を呑んだ。
下瞼にはくまができて目がすわり、顔は体調が悪いかのごとく青ざめている。
そこで愁生は理解した。
とうとうその時が来たんだなと。

「ホツマ、どうしたんだ?」
「何がだ?」
「なんかふらふらしてる。あの子犬に何かあった?」
「別に」

別に、ってそんなのあるはずがない。
こんなに誰が見てもおかしいと分かるくらい焔椎真の様子が変なのに、『別に』だなんて絶対言わせない。

「そんなはずないだろっ」
「何、そんなに怒ってるんだ……? 俺何かしたか?」
「……っ! だから!」

そこまで言って愁生はやっと気づいた。
焔椎真の表情は本当に愁生が何を怒っているか気づいてないみたいでぞっとした。
様子がおかしい。
確かにそうかもしれない。
でもそうじゃなくて、これはまるで精神が病んでるとでもいうような、そんな雰囲気。
今みたいに問い詰める口調では焔椎真は怯えるだろうと感じた愁生は、一つ息を吐いて「ホツマ」と名前を呼んだ。

「なあ、今日はおれも一緒にあの子犬に会いに行くよ」
「でも愁生忙しそうだからそっち優先でいいんだぞ」
「大丈夫だよ。今日は用事はないんだ」
「けど……」
「ホツマ」
「……分かった」

クラスの人間に頼まれてた勉強を教える約束なんてどうだっていい。
急用ができたとでも言えば許してくれるだろう。
一番大切な焔椎真の前では他のものなんて優先するにあたらないのだから。










「ほら、シュウセイが来てくれたぞ」
「………ッ!」

そう言って焔椎真が目を向けたのはあの子犬じゃなくて、そこにあるものに眉を顰めた。

「ホツマ……っ、」
「ん?」
「いや、その……、『ん?』じゃなくて……」

そこにあったのは手作りだろうと思われる小さなお墓だ。
地面が他より小高い丘をつくっていて、その上には細長い木が突き刺さっている。
きっと焔椎真がつくったんだろうに、子犬が死んだことを言わなかった、ここへ来る間さえ、ただの一言も。

「ホツマっ、お前……っ、」
「シュウセイ、どうしたんだ?」
「……それ、あの子犬のお墓じゃないのか?」
「お墓? ああ、そう、そうだった。それが?」
「それがって……、今まで何も言わなかったじゃないか」
「……死んでない」
「でもこのお墓はホツマが作ったんだろ?」
「死んでない!」
「ホツマ……」

蹲って癇癪を起こした子どもみたいに死んでないと繰り返す双眸からは、ぽろぽろと涙が溢れている。
焔椎真の言動は可愛がっていた子犬が死んだという現実から逃げたがっていて、その現実を嫌でも直視させようとする愁生の言葉さえも拒否したままだ。
小刻みに身体を震わせる姿に勝手な都合から最近ここに来ず、しかも焔椎真が子犬ばかり構うのに嫉妬を感じたりしていた。
どうして寛容でいられなかったんだろうかと今更ながら悔やまれてならない。

だけど……。

「ホツマ、子犬は幸せだったはずだよ。今までお前にたくさん構ってもらえて。たくさん愛情を注いでもらえて」
「……、」

泣き叫ぶでもなく嗚咽を漏らすでもなく、泣くところを隠すでもなく、ただほろほろと頬に涙の道筋を幾本もつくっている幼なじみを愁生は壊れ物を触るようにそっと抱きしめた。



「お前にはおれがいるよ」
「…………」
「ずっとずっと一緒にいるから。今までもそうだったろ?」
「…………」

そこまで告げても焔椎真からはなんの返事もなくて。
抱きしめた腕にぎゅっと力を入れる。

「おれは……、おれだけは何があってもホツマから離れたりしない。お前を置いていったりしない、絶対に。だからおれ達はとこれからもずーっと一緒だよ」
「……本当か? 本当にずーっと俺と一緒にいてくれるか? あいつみたいにいなくなったりしないか? 俺を置いていかないか?」
「本当だよ ずーっと一緒にいるし、お前を置いていったりしない」
「本当に? 嘘じゃないか?」
「うん、嘘じゃないよ。誰がお前の元から去っても、おれだけは絶対にいなくなったりしない。誓ってもいい。淋しさなんて少しも感じさせないよ。おれだってホツマから離れたら生きていけないんだから。だから信じて?」
「シュウセイ」
「ほら、ゆびきりしよう」
「うん! シュウセイ……、シュウセイ、シュウセイ……」

幼い子どもだけれど純粋な願いのためにゆびきりをした。

「ホツマ、」
「シュウセイ」

ゆびきりで結んだ互いの指を離して、愁生はもう一度焔椎真をそっと抱きしめる。
愁生の背中に焔椎真は震える腕を回して肩口に顔を埋めた。
服が涙に濡れて冷たくなっているのは焔椎真の悲しみと痛みの証なら、今だけは泣いて泣いて全て流しつくしてしまうといい。






まるで世界には愁生しかいないかのように涙を溢れさせながら名前を何度も呼んで、そして泣き疲れたのか糸が切れたみたいに眠ってしまった幼なじみの額に愁生は口づけた。
起こしてしまわないように気をつけながら。






悲しみで涙にくれないで、愛しい子。
目が覚めたらまた笑って?
どんな時だって、誰よりも一番近くにいるから。
決して一人にはさせないから。










2010/12/13

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