君へ捧げる予告状 4 ※8万HITリクエスト5 「怪盗臨也×お嬢様静雄♀」 刑事達に平和島家の宝がどこにあるか案内していた静雄だが、その静雄自身久しぶりに家宝の薔薇の指輪を見た。 二人といない職人に作らせた唯一品のそれは部屋のライトに照らされて、前回見た時と寸分変わらない至高の輝きを四方に放っている。 「んっ……、」 きらきらとした光の筋が目に眩しくて静雄は目を細めた。 銃で撃たれてもびくともしない強固で堅牢なガラスケースの中で輝いている薔薇の指輪は、決して誰にも奪われてはならないものなのだ。 静雄の父親が愛する妻のためだけに作らせた特注品で、今は亡き二人の思い出が刻まれたもの。 どうしても失えない。 決意を新たにしていたらちょうどボーンボーンと重厚な音がしたので、壁に掛けられた時計を何気なく見てみる。 どうやら短針が『9』を示しているが、明日の今の時間には怪盗が現れている時間だろう。 今日のところは集まった刑事達に食事を用意し、ゲストルームを貸し出して泊まることが可能な人には泊まってもらうことにした。 それから明日の作戦を立てるということなのだが、内容は聞かれては困るらしく現場の総指揮や頭脳労働専門の者達は警察本部へと帰っていった。 こうなると静雄に今できることはほとんどない。 今朝の予告状からこっち、警察への対応をしたり気を張っていたり、ひどく慌ただしくしていてどっと疲れが出たみたいだ。 自分の部屋に戻ると倒れこむようにしてベッドに身体を預けていたが、ほどなくしてノックの音が控えめに聞こえてきた。 「誰だ?」 「シズちゃん、俺だよ」 「臨也か」 ドアを開ければそこには静雄の家庭教師である臨也がいたので入るように促せば、「ありがとね」と言いながら中に入ってきた。 ほぼ住み込みみたいな状態で働いている臨也にとっては静雄の部屋は勝手知ったるなんとやらであるし、雇い主である静雄が遠慮するなと言うものだから、臨也はいつもどおり部屋に備え付けられてるソファーに腰を下ろした。 「大変なことになったね」 「ああ、そうだな。でも薔薇の指輪は絶対奪われるわけにはいかないんだ。……そういえば知ってるか? 怪盗クロムってのは凄腕みたいで、今までに指定した物を奪えなかったことはないらしい」 「ふーん、凄いね。でも警察がいるから今回は大丈夫じゃないの? さすがに彼らだって何回も煮え湯を飲まされてるんだから学習してるでしょ」 「ああ、分かってるさ。怪盗が現れても俺も油断はしない。でもどうしても奪われそうになったら怪盗と取引するつもりだ」 その言葉に臨也が紅く切れ長の瞳を丸くしたので、こくりと頷いてみせる。 すると今度は取引って何する気? と心配そうな目を向けてきたので、一つ息を吐いて臨也の方ではなくどこか遠くを見据えた。 「薔薇の指輪以外に怪盗の欲しい物があればそれを渡すさ」 「それはまた……、シズちゃんらしくない判断だね」 静雄から出たとはいえない言葉に臨也は驚いたがなんとか押さえ込んだ。 なのに目の前の彼女はとても穏やかだ。 「俺だってできるならしたくないさ。怪盗に屈するなんて俺のプライドが許さない。でもプライドにこだわって大事な物を失ったら俺は自分を一生恨んじまう」 「……そう、分かったよ。シズちゃんがそこまで考えてるなら俺はもう何も言わない。でもたとえば怪盗が物じゃなくてシズちゃんに当主の座を下りてほしいって言ってきたらどうするの?」 「うーん、そうだな。俺が気に食わないのなら当主は下りるさ。幸いうちには俺より何倍も優秀な幽がいるしな。人材は不足してねえ。それに本当はあいつの方が当主の座にふさわしい。……あ、別にお前の教え方が悪かったとかじゃねえから、そこは勘違いすんなよ。お前には感謝してるんだ」 「うん。それじゃ話は変えて、たとえば怪盗がさ、シズちゃんが欲しいって言いだしたらどう?」 「俺? 本当に俺!? ありえねえよ。大体幽ならともかく俺にそんな価値はねえよ」 静雄は目の前でぶんぶんと手を振っている。 もしそんなことを怪盗が真面目に言い出したら、ぽっかりと口を開けて正気かと尋ねてしまうかもしれない。 それくらい静雄にとっては己の価値は低く設定されていて、いっそ悲しいくらいだ。 そこがシズちゃんらしいけど、と胸中で臨也は呟いたが、呟くだけで言葉には出せなかった。 だって臨也がいくら君は貴いんだよと告げたところで、静雄はお世辞を言われてるんだとしか思わないだろう。 だから言えない。 「でも、もしもさ、」 「ん?」 「もしも当主の座を下りたらその時はもっと自由に暮らしてみたいな。きっと今よりすごく大変だろうけどさ」 「シズちゃん」 「あ、でもそうしたらお前ともお別れだよな。当主じゃない俺の傍にいる必要性なんてないし、家を出た俺がお前を雇う金なんて持ってるわけねえし」 「…………」 身分違いの恋の終わりにしてはあっさりしているが、元々叶うなんて静雄は思っていなかった。 今では弟以外に自分を当主ではなく一人の、それこそ両親が生きていた頃の、望む望むまいにかかわらずお嬢様として伸び伸びと過ごしていた頃のように接してくれるのは、もう臨也しかいない。 二人が出逢った一年という月日の中で静雄には臨也しかいないと思い知ったけれど、臨也には静雄しかいないわけじゃない。 雇われたから臨也はここにいるだけで、雇用契約が終われば引き留めるだけの材料が静雄にはないのだ。 薔薇の指輪を奪われるのも嫌だけれど、当主の座を下り、家を出て臨也との縁が切れるのも嫌だ。 俯きかけた静雄の横で臨也は「じゃあ」と、まるで名案だとでも言いたげに告げた。 「じゃあさ、シズちゃんが家出たら新しい場所でまた俺を雇ってよ。そしたらずっと一緒にいられる」 「……は? いや、でも俺金持って家出るわけじゃねえから無一文だぞ。雇うどころか自分が生きるだけで精一杯だからお前に払う金はないんだ。それにそう言ってくれるのは嬉しいけど、さすがに甘えるわけにはな」 「俺が君と一緒にいたいだけなんだけど」 「え?」 蚊の鳴くような声は普段から自信に満ち足りた臨也にしては珍しかったのと、微かに聞こえた言葉は静雄には都合が良すぎたので聞き返してしまった。 だけど臨也はうっすら笑うだけで再度同じことを言おうとはせず、静雄も諦めて肩を竦めるにとどめた。 2010/11/28 |