君へ捧げる予告状 3 ※8万HITリクエスト5 「怪盗臨也×お嬢様静雄♀」 静雄が住んでる平和島の豪邸に、ある日一通の封筒が届いた。 朝、消印もリターンアドレスもないままでポストに入っていた白い横長の封筒を、郵便受け担当の者が「こんな物が入っていましたよ」と言って持ってきたのを訝しがりながらも受け取る。 この家に静雄の父親の代から働いている初老の執事は郵便受け担当の者に怪しい物を何の確認もせずに主人に渡すとは何事か、と怒っているのをひらひらと手を振って制した。 「何だ、これ」 「シズちゃん気をつけて。今時リターンアドレスもないなんて怪しい」 「そうだな」 平和島家へ住み込みの形態をとりながら静雄の家庭教師として帝王学を教えている臨也も忠告してくれている。 それも一理あるなと静雄は手紙を窓の方へ向けて太陽の光に翳してみたり、裏返したり重さを確かめたりしてみるがリターンアドレスがないこと以外は特に変なところは見当たらず、別に開けたとしてもどうということはなさそうに思えた。 ご丁寧に封蝋(ふうろう)まで施されていた封筒を丁寧な手つきで開けてみると、中には手の平サイズの一枚のカードが入っていた。 黒地のカードに白文字で打ち込まれたそれの真ん中の文章はこうだった。 ――明日の夜21時、平和島家の宝である薔薇の指輪を貰い受ける―― カードに書かれた名前は『怪盗クロム』であった。 怪盗クロムといえば最近世間を騒がせている怪盗で、こうやって予告状を送り付けては指定した時間に現れ、きっちりと仕事をこなしているらしい。 平和島の家にも宝があるので自衛のために怪盗が現れた時の状況等を警察に聞いてはいるが、そもそも警察自体が捕まえようと躍起になっていても連敗記録は更新中なのだ。 その怪盗が指定してきた以上、家宝は奪われる可能性が高い。 「怪盗め、とうとううちの家の宝も狙ってきやがったか」 「シズちゃん、そういえばこの家には怪盗が目を付けるほどの宝があるんだよね?」 「ああ、そうだ。今までお前にも見せたことなかったけど、うちの家には代々受け継がれてる指輪があるんだ」 「どんな指輪?」 指輪が気になるらしい臨也に静雄は簡単に説明してやった。 元々は結婚指輪であること。 二人といない職人の手でダイヤが薔薇の形に細かくカットされていること。 リングは蔦の形に彫られ、ダイヤの薔薇と接する左右の部分は注視してみるとハートに見えるようになっていること。 平和島家の厳重なセキュリティのもと日々管理されており、静雄自身でさえも数度しかお目にかかった記憶はないこと。 臨也は真剣な表情で聞き入っている。 好奇心旺盛なところのあるこの家庭教師には、時価数億円を下らない宝石は興味をそそるものなのかもしれない。 見せてやれるなら見せてやりたいとも思う。 「見たいのか?」 「……そりゃあね。怪盗が指定してくる宝だし気にはなるよ」 「そうか、そうだよな。でも見せてやれないんだ。悪いな」 「いいよ。それより警察に連絡した方が良いんじゃない?」 「分かってる。あれは絶対奪われるわけにはいかないんだ。絶対に」 「シズちゃん……」 その後警察に連絡してからの平和島家は慌ただしかった。 たくさんの警察官が屋敷の周りを取り囲み、家の中にも多くの警察官が行き交っている。 屋敷の中も外もものものしい雰囲気で、統括の刑事は部下と何やら明日の段取りについて打ち合わせをしてるみたいだ。 静雄も先ほど廊下を歩いていたら統括の刑事に怪盗が狙っている薔薇の指輪のありかを聞かれ、その場所まで案内しなければならなくなった。 「ちょっと案内しに行ってくるな」 「うん。いってらっしゃい」 「お前もそういえば見たかったんじゃないのか?」 「刑事達は俺を歓迎しないよ。それに君はこの家の当主なんだから俺みたいな部外者に簡単にお宝を見せたら駄目だよ。誰が狙ってるか分からないんだからさ」 「そうだけどさ。でもお前なら大丈夫だろ?」 「信頼してくれるのは嬉しいけどさ、そういう線引はするもんじゃないと思うね。絶対に盗られたくない物ならなおさらだよ」 「……分かった」 静雄はまだ不服そうだが、臨也に「刑事達がリビングで待ってるよ」と言われたら従うしかない。 臨也と一旦別れて刑事達のいるリビングへ行こうと歩き始めたその時だった、ふと臨也が呟いたのは。 「……俺だったらさ」 「ん?」 臨也にしては珍しく聞き逃してしまいそうな小さな声だったが、ちゃんと静雄には聞こえたので立ち止まって振り返った。 「俺だったらあれが欲しいな」 「あれ?」 「うん。あれ」 臨也が目を向けたのは一年前臨也がここへ来た時に執事から言われて描いてもらった静雄の肖像画だった。 今いる廊下から正面を見据えた先のゆったりとした螺旋階段の昇り口の壁に掛けられた肖像画の静雄は今とは少し見た目が違う。 腰まで伸びていた豊かな金色の長い髪は臨也が来て少しした頃にばっさりと肩まで切ってしまっている。 お嬢様として育てられた日々と当主として生きていかなければならないこれからの日々の狭間の日だった。 『し、シズちゃん、髪切って良かったの!?』 『いいんだ。俺は男っぽい性格だからせめて髪くらいは女らしく、と思って伸ばしてたけどもう必要ないから』 『君は馬鹿だね』 髪を切る前に描いてもらった肖像画は、静雄のそういうお嬢様と当主という立場の間で揺れる気持ちを表現するかのようにアンニュイな表情を浮かべていた。 少し悲しそうな、けれどせっかくだから笑わなければと精一杯頑張った口元。 泣きそうで、でも泣いてられないとぐっと堪えた目元。 肌をほとんど出さない作りの純白のドレス。 モデルとなった静雄の素材が元から良いのもある。 深紅のベルベット仕様の椅子に座った静雄の肖像画は、描いた者すら自画自賛するほど見事なものだった。 「あんなもの、たいした価値もないぞ」 「価値は俺が決める」 「臨也……」 臨也の今の言葉をどう受け取ったらいいのか分からない。 これではまるで……。 胸中の期待を押し殺すようにして「変わった奴だな、お前」と臨也にぎこちなく笑いかけた。 「俺が本当に欲しいのは……」 そのままリビングへ向かった静雄に臨也の声は届かない。 ナクラかクロムにしようと思って外国の名前っぽいクロムにしました。 2010/11/22 |