写真の先には彼 ※拍手お礼小説(9/6〜10/30掲載分)を加筆修正。 愁生の持っている手帳がパタリと床に落ちた。 それだけなら別に良かったのに焔椎真は偶然見てしまったのだ、その中身を。 「えっ……と、愁生?」 「……見たのか?」 「いや、あの……」 「……見たんだな?」 落ちたぞと言って拾った手帳には一枚の写真が挟まれていて、そんなものどうして、と訝しがった次の瞬間、愁生に手帳を勢いよく奪われてしまった。 しかも有無を言わせぬ圧力のある声音に焔椎真はなんと言ったものか正直困ってしまったのだ。 だって、そんな写真を愁生が持ってるなんて思わなかったから。 「……焔椎真、もう一回聞く。見たんだな」 「……見た」 さすがにそれ以外の答えなんて焔椎真にはなかった。 都合の悪いことを問い詰められて答えに窮する子どもみたいな焔椎真の姿にはあ、と大きく愁生は溜め息を吐いた。 でも都合が悪いのは焔椎真ではなく、実際には愁生の方なのだ。 まずいものをバッチリ見られてどうしたものかと考えてみるが、さすがにどうしようもない。 そして、賢い頭でどう事態を打開しようかと策を練っている愁生の横では現在進行形で頭が混乱している焔椎真がいる。 焔椎真にしてみればどうしてそんなものを愁生が持っているのか分からないし、手帳といえば普通は持ち歩く物のはずだ。 あいにく焔椎真はまめに予定を書き込むタイプでもなく、またそういう細かい作業も苦手としているから手帳なんて今まで持ったことはないが、目の前にいる愁生は違う。 彼は感覚や記憶で動く焔椎真と違って逐一手帳に予定を書き込んではきっちりとそれをこなすタイプの人間なのだ。 その愁生がいつも手帳を持ち歩いていて、中には一枚の写真が入っている。 なんだか嬉しいような恥ずかしいような不思議な気分だ。 「なあ、愁生。今の写真に映ってるのは、その……お前と俺、だよな?」 「……そうだな」 「その写真、小学生の頃の俺達だよな?」 「……そうだな」 返ってくるものはそればかり。 まるで同じことだけを律儀に繰り返す機械みたいだ。 でもきっちり焔椎真に見られてしまったから逃れられないのは愁生自身も分かっているのだろう。 すでに諦めているのか反論すらしない。 「お前って彼女……、いるよな?」 「いるな」 「その……、彼女の写真は、持ってる……のか?」 「持つ必要性を感じないな」 彼女の写真は持ってないし必要ないだなんて、そんなこと果たしてあるんだろうか。 だって彼女、なのに。 お互い好き合ってるから付き合ってるんじゃないのだろうか。 それならどうして彼女の写真は必要ないのに自分の写真なんかがあるんだろうか。 しかも幼い頃の二人がキスしてる写真なんて。 そうなのだ。 愁生の手帳に挟まれていた写真というのは、幼い頃の焔椎真と愁生が幸せそうに口と口を合わせているものだ。 二人だけしか世界にはいないかのように。 まるでお互い他には何もいらないかのように。 幸せそうに笑っている二人の写った写真を見ていると、あたたかい時間が焔椎真の中に蘇る。 彼女よりも自分の方が愁生の心の中を占めていると自惚れてもいいのだろうか。 それとも写真を持ってるのは二人がパートナーだからという理由だけで、他意はないのだろうか。 だったらキスしてる写真じゃなくても良いはずだ。 写真はこれしかないわけじゃないんだから。 本来なら誰よりも大切にすべき彼女の写真を、持つ必要性を感じないだなんて恐ろしいことを言ってしまえる愁生の心の内が焔椎真には全く理解できなかった。 理解はできないけれど、彼女よりも自分の写真を持ってくれているという事実が焔椎真は単純に嬉しかった。 2010/11/23 |