▽ 君は恋を知らない
イエーイ、ラッキー!今日の私はとんでもなくついてる!
放課後、忘れ物をして教室に戻ると先生と遭遇し、ひとつ、頼まれごとをされた。ここまではアンラッキーな訳だが、その頼まれごとというのが私の好きな相手である真田くん関係なのである。どうやら先生が彼に渡さなければいけないプリントを手違いで持っているらしく、期限が明日までだから…とのこと。真田くんと無条件でお話できて、更に渡す時に手と手が触れ合ってキャッ!とか、そういう出来事があるかもしれない…ラッキー以外ないでしょこれ!
「俺…隣のクラス…」
「…輩…それ何回……っす…」
ルンルン気分でテニス部の部室の前まで来たのはよかった。思い切りノックをしようとしたところで、ぼそぼそと聞こえてきたのだ…彼らの恋バナが…。気まずい。この中に入るのはひっじょーうに気まずい。必死に中の様子を伺うと、どのこが可愛いとか足が細いとか、やさぐれたくなってくる内容だ。別に真田くんに好かれれば私はどうでもいいけどね!
「なあ、真田は…」
真田くん!?今真田くんの名前言った!?ドアに耳を当ててみるとやっぱり恋バナの話はそのままに真田くんも加わるようだ。なんてこった!よくやったよ丸井くん!急に話題をふられたからか真田くんはかなり驚いているらしく「何を急に…」としどろもどろだ。かわいい…しどろもどろな真田くん超かわいい…
「真田ってこういう話題に入ってこねーじゃん?だから気になってよ、なっ赤也!」
「えええ俺っすか!?」
「で?どうなんだよ」
(どうなの真田くん!)
「おっ俺は、そういう腑抜けた事柄に興味はない!」
「腑抜けたっておま…」
「大体今は三連覇に向け大事な時期だというのに恋だのなんだのにうつつを抜かしている暇があるか!」
「さっすが鬼の副部長ぜよ…」
さっきまでのワクワクはどこに行ったのか、ドアに耳を押し付けたまま、体が動かなくなってしまった。真田くんがああいう風に言うってことは、つまり好きな人はいないんだろう。でもそれって…誰かを好きになるということもないんじゃないか、そうすると私を好きになることも………
「失礼します!!!!」
どんどんと借金の取り立てのごとくドアを叩き返事も待たずに開ける。あっけらかんとした部員の皆様方を放っておいて真田くんにプリントを突き出した。丸井くんが今の話聞いてたかとか返事を待ってから開けろとかうるさいけれど無視だ。そんなことよりも私は早くここから逃げ出したい。
「プリント!先生から!」
「ああ、すまないな、わざわざ」
「そうだね!じゃあ!」
「おいみょうじ、さっきの話聞いて…」
「聞かれたくなかったら大声で話すなよ!ずるっとまるっと聞いたよ!」
私の発言にヒイッと丸井くんの悲鳴が上がる。知るか。部室からそそくさと出ると、私の足は急に駆け足になる。好きな人に好きな人がいないって、それはつまりラッキーなのかそうでないのか。私にはよくわかんないよ、真田くん。
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