さて帰ろう、と下駄箱に近づいたときだった。足元に落ちているシンプルなデザインの封筒。拾い上げて見てみると、宛先にはでかでかと『忍足謙也くんへ』と可愛らしい字で書いてある。なるほど、ラブレターか。浪速のスピードスターとかなんとか言っているけれど、忍足くんってそれなりにモテるんだ。たしかにかっこいいもんなぁ…


「あれ苗字?」

「あっ忍足くん。ちょうどいいところに」

部活帰りなのかおっきなバックを肩にかけた忍足くんは、どうしたん?と言って入口からこちらに近づいてくる。

「あのね、これ」

私の手に握られた手紙を差し出すと、忍足くんはわかり易く動揺した。もしかして、こういうのって馴れてないのかな。いや、馴れてるってのもちょっとやだけど…顔を赤くしておずおずと受け取る忍足くんはなんだか初々しくてかわいい。

「え、苗字、あの」

「忍足くんへお手紙。それじゃあ私、帰るから…えっと、部活お疲れ様。またね!」

手を振って校門へ向かう。忍足くんは気の抜けた声で返事をし、手紙と私を何回も見比べていた。






「なにこれ…」

次の日。部活を終え、手紙のことなんかはすっかり忘れてどこかで買い食いでもするか、なんて考えながら自分の靴を取り出そうとした時だ。
かさり
そんな音と共に、ひとつの紙が落ちた。ノートの切りはしで作られた、授業中に回すときに良く見るタイプに折られた手紙。なんだこりゃ?宛先を見れば苗字名前さんへ。私に向けた手紙らしい。問題の送り主は…

「お、忍足くん…」

まさか…この時、私の中でいろいろなピースがハマる音がした。嫌々ながらも開封すると、放課後中庭で待つと書かれている。それと、返事をしたい…とも。ああ…勘違いをしておられる…頭を抱えながら、トボトボと中庭を目指した。






「こ、こんにちわ忍足くん…」

既に中庭には忍足くんが待っていた。昨日のように大きな鞄を持った彼は、私が話しかけるとガシャンとそれを地面に落とした。どんだけ緊張してるんだ。というか私はこれからフラれるのか。なんて無意味な時間なんだろう…

「あっああの苗字!昨日もろた手紙な、ちゃんと読んだんよ!それで、返事せなあかんと思ってこんな呼び出したりしたんやけど」

「うん、あの…忍足くんごめんね」

「ええって!俺かてこんなとこにホンマすまん!それで本題なんやけどな」

「あの、忍足くん」

「俺まさか苗字に、ら、ラブレター貰えるなんて思っとらんかったというか、いや、めっちゃ嬉しかったんやで!?家の中で叫んで怒られてしもうたし!!」

「忍足く「でもってな、俺も苗字のこと前から好きやったんよ!」

「人の話を聞けよ!!!……って、え?」

「だから俺と付き合って欲しいっちゅーか…」


ドサッ
足元を見れば今までちゃんと持っていたはずのカバンが落ちている。手が震えて、顔がやたら熱い。ふ、フラれるんじゃなかったの…?
照れた顔をしてそう言った忍足くんは、私の知る顔の3割くらいかっこよく見える。ちょっとときめいたけれど、私は今から誤解を解かなくてはならない。覚悟を決めて忍足くんに向き合う。

「お、忍足くん」

「あー、えと、謙也でええって」

「あの…謙也くん。私、その、言わなくちゃいけないことが、あるんだけど…」

「なんや?」

「……その手紙書いたの、私じゃないの」

「え?」

空気が凍ったのがわかる。ここだけ氷河期のごとく吹雪がびゅーびゅーと吹き荒れているようだ。気まずい。めっちゃ気まずい。ただ私よりも謙也くんの方が気まずそうに、そしてこの世の終わりみたいに「嘘やろ…」とつぶやいた。本当なの、とは申し訳なくて言えない。だけれど謙也くんは黙っている私を見て納得したのか、その場にしゃがみこんだ。

「はああぁぁぁ……」


とんでもなくテンションの低く、大きいため息だ。私が近づこうとすると、手を伸ばして制止される。


「スマンが近づかんといて。今の俺見られとうないんよ…うわ、めっちゃ恥ずいわ…勘違いして、んで苗字に告っちまったし…」

「謙也くん」

「…あんな、手紙なんやけど送り主んとこ、なんも書いとらんかったんよ。そんで俺モロクソ勘違いして…あああ!!」


頭を抱えて、赤くなったり青くなったり叫んだりとと忙しそうな謙也くんは、思わず心配するほど、ひどい顔をしている。止めらてしまったけれど謙也くんに近づき、側に座った。


「謙也くん、私、返事してない」

「んな事わかりきっとる…俺フラれるんやろ?」


そう言って顔を伏せる謙也くんに最後まで聞いて、と話しかける。返事はない。


「…私、謙也くんのこと別に好きでもなんでもなかったんだけどね」

「…わかっていても傷つくんであんまストレートに喋らんといて」

「ごめん…。それで、あの、今さっき謙也くんにああ言われてびっくりした…でもね、ドキドキしたの」


私の言葉を最後に、しんと中庭が静まった。お互い言葉はないけれど、さっきの氷河期みたいな感じじゃなくて、もっと穏やかな空気が漂う。ゆっくりと伏せた顔をあげる謙也くんは、ちょっぴり間抜けな顔をしている。


「その…ときめいた、っていうか…それで、私…もっと謙也くんにドキドキしてみたい。現金なやつでごめんね。わがままでごめんね。ちゃんとした返事じゃなくてごめんね」

「…ほんっとワガママやな」

「…ごめん」

「いいわ、だからそな謝らんでええ。ウチのテニス部な、勝ったモン勝ち言うてんねんけど、まさにそれやわ」


なにそれ、わけわかんない。くすくす笑うと謙也くんは立ち上がって伸びをし、ハァ、とわかり易くため息をついたあと、私に手を差し出した。


「俺な、待つの苦手なんよ。だからすぐに惚れさせたる。みてろ、浪速のスピードスターは伊達じゃないんや」


謙也くんの手に手をのせると勢い良く引かれ、ポカンとする私をよそに、謙也くんはさっきよりも、ずっとずっとかっこよく私に微笑んだ。


「…ほんと、伊達じゃないね」

「は?」

「んーん、なんでもない」


私ってほんと、現金なやつだなぁ。もう惚れた、なんて言ったら謙也くんはどんな反応をするんだろう。まだ握られた手を見る。心臓は、ずっとどくどくと自己主張をしていた。
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