「なにやってるんだあいつは…」

ジュエリーショップと弦一郎。この恐ろしくおかしな組み合わせに思わず首をひねった。

友達に新作ジュエリーを見に行かないかと誘われ、コーヒーをおごってもらう約束で手を打った私は、現在生まれて初めてのジュエリーショップに来ている。
なんとも言えない雰囲気に圧倒され、ふと外を見ると、看板を見上げては下を向き、うろつく弦一郎がいた。目を白黒させて二度も三度も確かめたが、やはり弦一郎がいる。あまりの挙動不審さに奥様方がちらちらと外を見ては「何なんでしょう、あの男性は」なんて話しているのを聞いて思わず苦笑いしていまう。


「ね、あれ名前の彼氏じゃないの?」

外を凝視しすぎたのか、弦一郎に気がついた友人に耳打ちされる。そうだ。確かにあれは、私の彼氏だ。もっともあんな挙動不審なところは、私が告白して勢い余って抱きついた時以来かもしれない。
自動ドアの音と共に弦一郎はこの場に似つかわしくないくらい厳つい顔で店内に入る。馴れている私はともかく、その姿を見た友人は般若かよ、なんて言われる始末だ。


「なに買うんだろうね、名前はなんか聞いてるの?」
「いや、別に…」
「…浮気相手にプレゼント、とか?」
「バカなこと言わないでよ」

中に入っても挙動不審な態度は変わらず、むしろひどくなっている弦一郎は、店員と何やら話している。弦一郎が入った途端に店の空気が変わったのを身を持って感じた。恐ろしい男である。弦一郎は私に気づいていないようで、時折緊張した顔を崩しては、彼特有のたるんどる、なんて言葉が聞こえてきた。

「近くに行ってみれば?」
「なんで?」
「話してる内容気にならないの?」

確かに気にはなる。友人にそう言って、弦一郎に気づかれないように近づく。指輪だとか結婚だとか、そんな言葉が聞こえてきた。どきり。心臓が跳ね上がる。いや、まさか。

「指輪に金をかけるくらいなら、もっと別のところに使うべきだと言われたのだ」
「そうですか。それならこちらのリングはいかがでしょう?お求めやすいお値段ですが、とても女性に人気のあるデザインでして……」


あ、ああ…。弦一郎の言った言葉に思わず顔が赤くなる。覚えていたんだ。いつだったかテレビの特集で結婚指輪が何百万もする、と言う話にああ答えたのは他でもない、私だ。聞き流していたとばかり考えていたのに、まさかちゃんと覚えてたなんて。

「ごめん、わたし帰る」

友人のところまで戻り、そう告げると、心配そうに大丈夫?と言われた。大丈夫な訳が無い。こんな話を聞いて、平然としていられるわけが無いじゃんか。口が上がっていくのを必死で抑えて、帰路についた。










「うん、うん…今は家にいるよ」

それから数時間後だった。ケータイが震え、弦一郎からの着信を知らせている。内容は今どこにいるか、というものだ。素直に答えると、そうか、という返答が帰ってくる。私のドキドキを知ってか知らずか弦一郎はいつもよりも饒舌に話す。こんなに緊張して弦一郎と話をするのは、いつぶりだろう。

ピンポーン

機械音が私の声を遮った。慌てて返事をして玄関に急ぐ。ちょっと助かったかもしれない。このまま弦一郎と話しをていたら、今日のお店でのことをポロリと漏らしてしまいそうだったし。

「弦一郎ごめんね、お客さん来たみたいで…また後でかけなおすから」
「そうか、だがそれは必要ない」
「…そう?」

いつもならそんなこと言わないのに、なんだか珍しい。ケータイを切って玄関を開ける。

「名前」
「げん…いちろう……」

昼間ジュエリーショップで見たままの格好の、弦一郎がそこに立っていた。






「何か食べる?」
「いや、大丈夫だ。名前はもう食べたのか?」
「ううん。今から作ろうかなって思ってたところなの」

茶色のふわふわしたラグに座る弦一郎はいつもと少し違う気がした。それはきっと私も同じで、面と向かって話すと少し緊張してしまう。なれっこだった沈黙も今は少し気まずい。

「名前、今日は大事な話があってここに来た」

どくん
心臓がはね、体もはねた。もしや、もしや今ここでぷろ、ぷろぽーずを、するつもりか?「はい」思ったよりも情けない声が出た。弦一郎の顔が見れない。まるで付き合ったばかりの時みたいで、なんだかおかしな感じ。
弦一郎はポケットから小さな四角い箱を出して、少し震えた手でゆっくりと蓋を開けた。銀色に、静かに光る指輪は、私が盗み聞きしていた時のものなのだろうか。

「俺と、結婚してくれないだろうか」

うまく言葉が出せなくて、ひゅっと空気の音が口から漏れる。くるかもって、身構えてたはずなのにいざ言われると涙が出そうになって唇を噛み締めた。返事をしない私に弦一郎はいつもより上擦った声で名前、と名前を呼ぶ。

「あのね、わたし、嬉しかったの。これ買うときに、店員さんに言ってたこと」
「は?」

不思議そうに声をあげる弦一郎に、私もあのお店にいたんだよ、と告げると、顔を赤くして迂闊だった…つぶやいた。

「まさか弦一郎がね、覚えててくれるなんて思ってもみなかったんだ。…あーもうだめだ、なんか涙でてきた。わたし、すごく嬉しい」

そう答えるやいなや、持っていた指輪を、握ったまま弦一郎は私を抱きしめてくる。どくんどくんと鼓動は早くて、思わず笑ってしまう。お互い様といえばそうだけれど、なんだかこっぱずかしい。

「指輪、はめさせてもいいか」
「…うん。弦一郎にやってもらいたい」

私の手を取り、おそるおそると指輪を通す弦一郎はなんだかかわいい。薬指できらりと輝くそれはきっと一生忘れられない思い出になるのだろう。なんの変哲のない私の部屋。神の前でもなんでもないけれど、まるで誓うようにキスをした。
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