「お、きたきた。ほらお前の分」


珍しく朝早く起きたので一本早い電車で学校に向かった私を待っていたのは、光輝く宝石のようなキャラメルの香り漂うりんごのケーキでした…女子の癖に、と言われるとアレなのだけれどスイーツという類に詳しくないので「めちゃくちゃ美味しそうなキラキラしてるりんごっぽいケーキ」としか言えない。もしかしたら洋梨かもしれない…どちらにせよ美味しそうなのは間違いないな…


「橘!!ナニコレ!!超うまそう!!」
「苗字が食べるかと思って持ってきた」
「食べる食べる!さっすが我が校の誇るスーパーシェフ!」
「おい、誰も俺が作ったとは言ってないだろ」
「え、違うの?」
「まあ俺が作ったんだがな」


まあそうだと思ったけどね!ハハハと笑う橘のツボはイマイチわからないが、このケーキは絶対にうまい。私が保証する、美味しくないわけが無いもの。何度コイツの作った弁当を(勝手に)つまんだことか。妹さんに作った残りだと、普段作らないから保証しかねると、言い訳をしながらタッパーを差し出す橘に了承を得て手づかみでいただく。
いただきます、私の言葉に橘が笑ってどうぞ、なんて返す。このやりとりが何故か面白いのもあって、にやけながら口に入れると、あー…やっぱり橘、あんた不動峰きってのスーパーシェフよ。最高に美味しい…金払うレベルじゃんか…


「えーっと、なんだっけ?シナモン?がりんごとマッチして…キャラメルで…こう…しっとりガッツリ…こう……」
「苗字の食レポのひどさには驚かされるな」
「だって、言葉に表せるような安い味じゃないのよ…スーパーミラクルデリシャスおいしいのよ…」
「食材は安いけどな」
「そういうこと言ってんじゃないの!世界一しか合わないよこの美味しさは!!」


ぐっと拳を握り声を大にして語ると、なんだなんだとクラスの人達がこちらに注目し、私の手にあるケーキを見つけで何人かが近寄ってくる。そして「俺にもくれ」とみんな声を揃えて言った。しまった…私一人で全部食べようとしてたぞ…というかあげたくない。こんなうまいもの他人にやるものか。私が全部食べるし。


「なあ、苗字俺にも一口くれよ、朝練で腹減ってんだよ」
「やなこった。だーれがあげるかこんちくしょう!」
「そうだ橘、まだ残ってたりしねぇの?」
「悪いがコイツの分しか持ってきてない」


批判の声をBGMに最後の一口を放り込むとやじが飛んでくる。だけれどそんなことを言われてもただの負け惜しみにしか聞こえない。わははは、どうだうらやましいか!橘は飯だけじゃなくて菓子もうまかったぞ!!
ごちそうさまと私の声にお粗末様と橘の返事。カバンからウエットティッシュを取り出し私に渡す橘の準備の良さに驚きながら、ありがたくいただき手を拭く。そこでふと、あることに気がついた。なんでわざわざ私にこんなケーキをおすそ分けしてくれたんだ…そんな疑問をストレートに彼にぶつけると、珍しく照れた顔をした橘がぼそりと呟いた。


「甘いものは苦手でな、余ったものをどうするかと思ったときに、お前の顔が浮かんだんだよ」
「え…それって…」
「だからお前の分しか持ってこなかった」


しん…と、やじが収まった。視線が私に集中してるのが簡単にわかるほど、みんなが、橘が私を見ている。ねえ橘それもしかして…


「私に食べれないものを押し付けただけ…?」


そう言えば橘は私が持ってきたグミとかチョコとかを受け取ったことはなかったなぁ…。ガシャンと椅子の倒れる音と私を批難する声に一斉に包まれ、橘に助けを求めるも、橘はため息を一つして頭を抱えている。どうやら正解ではないようだ。


「あ、でも私、余り物だろうが橘の作った物ならなんでも好きだしなんでも食べたいなぁ」
「それはよかったよ」
「橘と結婚する人は幸せだろうね、毎日だよ毎日。私が結婚したいわ」
「なら、するか?」
「えっ」


橘の飯がいつも食えるのならそれもいいな、なんて軽い考えだったけれど、そんな風に言われるなんて。まあ、私の答えはひとつである。


「いいね!しよう!」


きっと冗談だろうけどね!アハハー!と考えていたのだが、これがまさか本当に結婚して彼の作ったご飯を食べ、このことがお決まりの笑い話になるとは、この時全く考えていないのであった。
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