遊園地でアルバイトをしていると、それなりにいいことがある。動きが俊敏になったと言われるし痩せたし、休憩も1時間半毎に回ってくるし。もちろん嫌なこともある。ジェットコースターの担当なのでアクセサリーを外してもらうのに苦労したり声が枯れたり…まあいろいろ。ただこれだけはきっとどこのアトラクションをやっていても同じで、一番嫌なこと。


「な…んめい、様でしょうか」
「え…2名で」
「っんん!2名様!はい、ポケットの中身全てからっぽにしてください。腕時計帽子などは外してロッカーに、チケットも忘れずロッカーでお願いします!」
「あの、苗字さん」
「はい、何名様ですか!?」


一番嫌なこと、それは知り合いに見つかることだよチクショー!マシンガンのような説明をぶつけ早々と次のお客様に向かう。冗談じゃない。そんなまた、どうして白石くんが。しかも、し、しかも…女連れで…!やっちまったという顔の白石くんを見るに彼女なんだろう…そしてまさかの私がいたからバレるんじゃ…なんて勘違いしてるのだろう。バラしはしないよ白石くん、彼女がいた、なんて言葉に出したら辛くて泣き出すわ…


「苗字ちゃん、ここ終わったら15ね」
「はい、わかりました!」


ちょうどいいところで休憩が入る。15分の休憩。この時間に私の心をなるべく癒そう…





「苗字さん!」


休憩に入り、トイレから出るとそこには白石くんがいました。女子トイレの前で何してるんだこの人…そう思ってからハッとする。なるほど彼女を待ってるのね。今日ほどお客様と同じトイレってことを恨んだ日はないよ!!!


「奇遇やな、苗字さんここでバイトしとったんか」
「うん、家から通える距離だしあんまり知り合いこないし…」
「あっスマンなぁ俺と会ってしもうて」
「白石くんが謝ることじゃないよ」


まあ本音白石コノヤローくらいには思っているけれど。申し訳なさそうに謝る白石くんは、そうだ、と続けて内緒にしとくな、と困ったような笑顔で私に告げる。今、私は白石くんの笑顔を独り占めだ。ああ…綺麗な顔をして、私に話す白石くんを、あの彼女は……


「クーちゃん?どうしたん?」


後ろから声がかかった。白石くんが返事をしたから、どうやらあの彼女さんのよう。クーちゃんだって。あだ名だよあだ名。白石くんもそれに対して彼女さんの名前を呼んで…もちろん私とは違う、名前呼びだ。片思いのままでいいなんて思っていたけれど、なんて惨めなんだろうか。時計を見ると休憩はあと5分。そろそろ戻らないといけないから、そんな理由をつけてここから去ろう。これ以上胸を痛めたくはない。


「苗字さん」
「あ、私そろそろ休憩がおしまいで…」
「そうなん?ほらクーちゃん行くで、迷惑かけたらあかん」
「せやけど最後に頼みたいことがあるんや…あの、写真撮ってくれへん?」
「…もちろんです」


上手に笑顔を作れているだろうか。彼が取り出したスマホを受け取り写真を撮ろうとする。今日の思い出か…私も悪い意味で忘れられそうにないよ…


「あ、ちゃう!ちゃうん!」
「えっ?ごめんなさい、なにが…?」
「苗字さんと、撮ってもええかっていう…やっぱあかん?」
「わた……え?」


おっしゃることが良く分からないんですが…?なんでまた私と。いいけどさ、超いいけどさ。彼女に私とのツーショットを撮らせるってとんだ鬼畜だぜ白石くん…
訳が分らないながらも頷き、複雑な気持ちのままの私をおいてパシャリとシャッター音が響く。スマホを見て満足そうな白石くんに疑問しか持てないが、まあ、失恋の最後の思い出ってことで…


「苗字さん!ありがとうな!それと、」
「クーちゃん!いい加減にせんと!」
「また!また後でな!」
「は、あ…」


また後で?どういうことなの?もしかしてまた乗りに来るってこと?来なくていいとは言えず、休憩時間も刻々と迫り。早足で担当する場所まで戻ったけれど私の胸は痛いままだ。休憩時間なのになにひとつ休憩できてない。ああ、つらいなぁ…




「お疲れ様でしたー!」


来ないじゃん?バイトも終わったじゃん?また後でって言ってはいたけれどもしかして学校でってことなのか。なんだかんだでワクワクしていた私の気持ち…これだから馬鹿はね!困るね!勝手に思い込んでテンション上がって。まあ後半威勢がいいって褒められたし、いいよね…うん…
駅まで歩いて定期を見せ、中に入る。駅のホームは遊園地に来ていたお客さんで溢れていて、みんな楽しそうに今日の思い出を話している。この時間は混んでるなぁ…いっこ後でもいいけれどこの時間に帰らないと門限が厳しいんだよね…


「苗字さん!」


今日この声を聞くのは三回目だ。白石くん。振り向くとやはり彼で、なるほどこれのことだったのかもしれない。最後まで入ればこうやって会っても、まあ、おかしくはないけれど。私に駆け寄る白石くん…あれ?


「あの、彼女さんは?」
「あっちゃー、やっぱりそう思われたか」
「そりゃあそう思うよ…っていうか本当にどうしたの?こんな夜遅いのにあぶないよ?」
「それを言うたら苗字さんかて危ないで」
「ねえ、そうじゃなくって!」
「あいつは先に帰ったんよ。学校の友達見つけたらしくて、俺はおいてけぼりや」
「…なんかごめん…」


彼女強いな…確かに白石くん尻にしかれてる感じはあったしね。でも一人でこんな時間まで遊園地にいるって、なかなか強いハートを持っているようだ。一人遊園地ってかなりハードル高いと思うんだよね、たまにいるけれどさ。白石くんかっこいいからナンパされそうだし…なんていうかイケメンはイケメンで大変そうだな。


「ええねんええねん。せや、さっき撮った写真送らんとなぁ…苗字さんメアド教えてくれへん?」
「え?メアド?いいけど…」
「苗字さんはここで働いて結構経つん?今度おすすめの回り方教えて欲しいんやけど」
「まあまあかな?あ、それくらいならもちろんいいよ」
「よっしゃ、なら今度解説付きで苗字さんと回れるんやな」
「え!?」


な、何を言ってるんだコイツは…!彼女さんはどうしたんだよ!!なんで私と!!嬉しいですとも!ええ!でもそれはやっちゃアカンやろ…


「白石くん、それは私流石に…」
「彼女がいるのに…ってか?」
「っそう!それ!」
「あんな苗字さんにお知らせや。俺、彼女おらんで?」
「…はぁ?」
「そもそも今日一緒に来とったんは妹やしな」
「ハァ!?」


つまり…つまりどういうこと!?全部は私の勘違いで白石くんは依然としてフリーのまま、そして私はデートに誘われてるという、そういうことでいいんですか。また私勘違いしますけど!?


「…なんかナンパみたいな誘い方してもうたけど、どう?」
「…喜んで」
「あと、苗字さん誘ったんはおすすめ教えて貰いたいからとか、ちゃうで」
「え」
「はは、ここまで言えばわかって欲しいなぁ」


それってもしかして、もしかするのか。今日を振り返れば私は白石くんとそれはもう、ずっと一緒にいたわけではないのに濃厚な一日を過ごした。当社比だけれど。それが、それがもし私の考えてる通りなら…


「私は、今日一日白石くんのせいでつらかったよ」
「え!?つら…え!?」
「彼女できたんだって、思ってたから。今はホッとしてるけど」


彼の言葉を借りるなら、ここまで言えばわかって欲しいな。きっと私の頭よりずっとずっといい白石くんのことなのだから、まるっと理解しているのだろうけれど。
アナウンスとおなじみの音楽が流れ、すぐにホームへ電車が来る。行こか、白石くんが返事を待たず私の手を取り電車に乗り込んでゆく。今度彼とこの電車に乗るときは従業員と客ではなく、カップルとして、に変わるのかな。白石くんと一緒なら電車に乗るでも遊園地でも、どこに行ってもきっと私は楽しいものに変わるんじゃないかなって、思うよ。


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -