「橘さん!」


俺が声を上げると橘さんは神尾か、と一言、俺の方を向いていつもみたいに笑った。橘さんが俺の教室に来ることは少なくない。なんたって俺は!副部長だからな!2年の奴ら(っていっても橘さん以外は2年しかいないんだけど)に伝えて欲しいことがあると俺に伝言を頼みに来る。普段は橘さんが色々やってくれて名前ばかりの副部長だけど、こういう時だけは違うんだよな、へへっ!


「なんか用っすか!」
「ああ、名前に用事があってな」
「…名前?ってたしか」
「桔平さん?」
「え?え、あ…え?」


うまく言葉が出ねぇ…橘さんと、苗字?訳のわかんねぇ組み合わせだぜ…。苗字ってのは俺のクラスメイトで、橘さんとなにか関わりがあるのかといえば無いはずだし、そもそも同じクラスでしかも去年から一緒のの俺でも朝に挨拶するくらいなのに…あー!やっぱわかんねぇよ!


「今日は部活がないからな、一緒に帰らないかと思って」
「え、いいんですか!もちろんです…けど」
「けど?」
「それだけのためにわざわざ?」
「電話とかでもいいかと思ったんだが、お前の顔が見たくて来ちまった」
「う…そんなずるい…」


オイオイオイ…なにがどうなってるんだよ!さすがにこの話の流れからすると、あんま認めたくない感じはするんだけど二人って付き合ってる、みたいな…そういう感じがするんだけど!?ウソだろ!?なんで、どういう組み合わせなんだよ!!


「どうした神尾」
「えっ!?」
「そうだよ、どうしたの神尾くん。なんだか思いつめた顔してるよ?」


二人だけの世界みたいな感じだったのにいつの間にか俺の話に変わっていたみたいだ。しかも俺の心情をすっかり見抜かれてる…橘さんはともかく苗字にまでも気づかれるとは…なんか悔しい。だけどそんなことは言っても気になるもんは気になる。そうだ、この二人が付き合ってるのか、とか…!


「ん?言ってなかったか?」
「あれ、知らなかったの?」


俺の質問に返ってきた答えが…これだ。じゃあマジってことかよ!ええーっ!?しかも?なんか俺をおいて「桔平さんが言ったのかと思ってました」「俺はてっきり名前が言ったんじゃないかと思ってた」「ふふ、じゃあふたりして同じこと考えてたんですね」とかなんとか言って盛り上がってるし…なんだよ俺、置いてきぼりかよ…チクショウ…


「私たちがこうやって付き合えたのも神尾くんのおかげだし、感謝してるんだよ」
「…は?」
「まあ間接的になんだけどな」
「でも神尾くんがいなかったら絶対に話したことなかったですよね」
「そうだな、その点は神尾に感謝しないと」
「ど、どゆこと…?」


ますます置いてきぼりな俺に苗字があのね、と話を始めた。橘さんが俺を呼ぶときにたまたま廊下側で入口の近くの席苗字に声をかけたのが始まり、らしい。テストの点で先生に呼び出されたときに丁度橘さんが俺に用事があったらしく、その時苗字に声をかけたそうだ。


「神尾くんならいませんって言われたあとに、ありがとうございます、なんて言われたんだよ」
「ありがとう…ってなにが?」
「神尾くん1年生のとき怪我ばっかりしてたじゃない。今だから言えるけどクラスのみんな心配してたの、あんなに元気で明るくて、運動神経だっていいのに怪我ばっかり。家庭内暴力があるんじゃ…とかね」
「え、ええ!?なんだよそれ、そんな素振りなかったぜ?」
「そりゃそうだろ、家庭内暴力受けてるのかなんて聞くやつがどこにいる」


たしかにそうだけど…でもまさか、そう思われてたとは考えもしなかった。怪我を隠すなんて思いがしなかったし、そもそも隠す意味がなかったし。だからってなんで苗字が礼を言うんだ…?


「テニス部で、その…問題があったじゃない」
「あー…うん」
「その後から神尾くん、めっきり怪我しなくなって。それで怪我の原因って部活たったのかな…なんて思ったの。お礼の理由はそれ」
「でもなんでお前が礼を言うんだよ」
「ずっと心配してたんだよ…クラスメイトだもん」


苗字…お前いいやつだったんだな。わりぃ、なんかいろいろ言って…いや口には出してねぇんだけどさ。なんだっけ、し、試合…?の持ち主だ。なんでここで試合が出てくんのかはわかんねぇけど…器が広い、みたいな?


「って言うもんだから初め名前は神尾のことが好きなのかと思ってたけどな」
「な、」
「なに言ってるんですか!神尾くんはそういうのじゃないし私は桔平さん一筋というか…って何言ってるんだろう私!?」
「ハハ、知ってる」
「ううー…もてあそばれてる…」


俺なんでいま無意味にふられたんだ…あと俺をネタにイチャつくなよ、わりと心にくるモノがあるな、これ…。でもふたりは楽しそうで、あーちょっと羨ましい。俺も彼女ほしい…彼女、彼女かぁ…


「神尾」
「はいッ!?」
「俺は戻る、明日は部活があるからなギリギリに来るなよ?」
「も、モチロンっす!」


は…バレてないよな!?冷や汗をかきながら橘さんを見送り(頑張ったぞ俺のポーカーフェイス!)なんとなく、そう特に意味はないんだけど、苗字をちらりと見ると、1年一緒にいるのに初めて見る、なんか幸せそうなちょっと抜けた顔をしていて…それのせいでまた彼女が欲しくなった、が、道のりは遠い。ハァー…

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