卒業式が終わると、みんな写真を撮ったりアルバムにコメントを書いたりと割と忙しい。が、それも終わると自然と仲のいい子とあとで集まろうという話の流れになる。しかし部活に入っている友たちはみんな部活のお別れ会に出席し、そうでない私は1人、教室で待ちぼうけ。こういう時は部活に入っていれば、と後悔する。 人気のいない教室にひとり、もう座ることのない自席に座り、何回やったのかわからないうつ伏せをした。
「…い、…だ…じょ…」
「え…?」
「おい苗字、大丈夫かよ!?」
「あ、え!?くっ黒羽くん!?」
いつの間にか眠っていたらしい私の肩を叩きながら、大丈夫か、と問いかけていた黒羽くんは私の顔を見るとホッとした様子で私の前の席に腰をかけた。な、なんでここに…!?彼もまた部活の集まりに行っていた一人で、もう会えないんじゃないかなって思っていたのに。それなのに、なんで…?
「…よかった、泣いてんのかと思った」
「さすがにこんな時間まで泣かないよ」
もう卒業式が終わって2時間、私が寝てからは30分が経過している。この時間をずっと泣いている体力も気力も水分もない。そういえばちょっと喉が渇いた。
「そう言われればそうなんだけどよ、でもお前今日めちゃくちゃ泣いてただろ?」
「…そりゃ、卒業式だし」
「だからって泣きすぎ。今だって目、腫れてるぜ?」
「えっ!うそ!?」
慌てて目を隠すように手を当てるとちょっと熱い。泣くつもりはなかったのに答辞を聞き校歌を歌い、卒業証書授与の時にはもうボロ泣きだった。こういう時だけはつまらない校長の話も特別な物になるから不思議。教室に戻ってからも私は泣き続け、卒業式でのHRでありがちな一分間スピーチでは号泣という言葉以外では表現しきれないほど泣いていた。
「まさかあんなに泣くとは思わなかったけどな。苗字が泣くところ見たことねぇから。俺がスピーチ終わってそっちの方チラッと見たら涙ぼろぼろ流してるし」
「それは、普段は泣かないようにしてるもん、今日は特別。…っていうか黒羽くんだって涙ぐんでたじゃない」
「でもありゃ泣くに入んねーだろ?」
「まあそうだけど」
スピーチで涙ぐみ、鼻をすすってる彼を見たとき、心臓が跳ね上がった。彼と涙が結びつかなかったのと、いくら同じ学校に行くことになっているからといって私がまた今みたいに黒羽くんと同じクラスになれるかはわからないし、私のことは忘れちゃうかもしれない。そう考えた瞬間不覚にも涙がこぼれたのだ。
「ほんと武器だよなぁ」
「なにが?」
「女の涙。ありゃ心も揺らぐっての」
「じゃあ今日は心揺らぎまくりだね。泣いてる子いっぱいいたし」
なんて言ってみるけれど、黒羽くんは私の涙にも心が揺らいだりしたのだろうか。それはちょっと嬉しいけれどほかの女子にも、って思うと辛い。プラマイゼロ…ではなくどちらかといえばマイナスだ。
「まあ苗字のに一番ビビったわ、なんとなく泣かないんじゃないかって思ってたもんだからよ」
「私だって黒羽くん見て、ドキッとした」
「え、それ」
「ごめーん名前!おまたせ!」
タイミングが良いのか悪いのか、私達の会話を遮って帰ってきた友人が教室に入る。私にとっては良いタイミングだ、ちょっと恥ずかしいこと言っちゃったし。お邪魔しちゃった?なんて言う彼女に大丈夫とだけ答えて席を立つ。ごめんねと黒羽くんに告げて教室を出ようとする…のを突然腕を引っ張られ拒まれる。振り向くとやはり黒羽くんで、うわ、手おっきいしあったかい…
「悪ぃ、もう少し苗字借りてていいか」
「え?」
「あ、いいよ。私下駄箱のところで待ってるから」
「ちょっ!ちょっと待って!?あ、ああー……黒羽くん!!」
「なんつーか、ほんと少しでいいからさ…とにかく座れって!」
嬉しいお誘いだ。でも気恥ずかしいのもあって…中々座ろうとしない私に痺れを切らしたのか、黒羽くんは私の腕をそりゃもう思い切り引っ張り、無理矢理元の席に座らせた。なんで強引な。でもそういうところも好きです。
「最後の悪あがきっつーか…俺さ、ずっとお前に言いたいことあって、それで終わってからなんとなく苗字が教室にいるんじゃねーかなって思ってよ、行ったら本当にいて、それで…」
「それで…?」
「…あー!しゃらくせぇ!こういうのなんつったらいいのかわかんねぇけど、俺、好きなんだよ、苗字が!」
「うっ…そぉ…いや、まさかこのタイミングで冗談とか…」
「んなわけねぇよ」
「だよ、ね…」
そうだよね、こんなタイミングでそんなタチの悪い冗談ないよね。でもやっぱり信じられなくて。だってこんなの、嬉しすぎる。
ああダメだ。吐く息が震える。鼻がツンとして、あつい。なにか言わなくちゃと思っても、口をあけたら涙までこぼれてしまいそう。泣いてしまうなんてそんな弱々しいところはもう見せたくない。
「な、泣くほど嫌か…?」
「…な、泣いてない…よ」
「嘘つけ、目、涙こぼれそう」
「泣い…てない、ってばあ…!」
嘘だ泣いてる。もうこらえるのなんて無理だ。鼻をすすり目を擦り、無駄とわかっているけれど唇を噛み締める。黒羽くんは私の見たことのない、不安そうな顔をしていて、まだまだ私の知らない彼がいるんだなぁと思うとまた涙が溢れ出る。
「…まいった、まさか泣かせることになるとは」
「く、黒羽く…」
「ほんとずるいよな、涙って。悪いと思ったのにこれ見るとそれよりもキレイだって思っちまうし」
「え、う、うわああん!ごめっ黒羽く、わた、わたし…!」
「いいって、だから泣くなよ。な?」
「よくないよ!だ、だって…す…好きだもん!好きなんだもん!!」
きっと訳のわからない女だって思ってるだろうし、もうキレイだなんて思わないだろうけど、でも私、黒羽くんのこと好きなんだよ、前から好きだったんだよ。口に出したくても、もうまともに喋れなくて、とめどなく涙が出てくるものだから私はひたすらそれを拭っていて。ごめんなさいこんな面倒なやつで。
えぐえぐ言いながら擦っていた手を止めたのは、黒羽くんの両手だった。私の手首をガッツリと掴んだまま、私をじっと見ていて、その間も私はいろいろと垂れ流し状態だ。そんな私を見たあと黒羽くんはハァとため息をついて、そのまま私を引き寄せる。
「ぬ、ぬれちゃう…」
「別にもう着ないんだしいいって」
「…幻滅、したでしょ」
「これくらいで幻滅するような惚れ方してねぇよ」
「う、うう…」
「だあー!もう泣くなって!」
泣かせてるのはどっちだ。もう、そんなこと言うんだったら学ランもシャツもびちゃびちゃにしてやる。それで、そのあとはちゃんとした言葉で好きだよって伝えるから。だからもう少し、このままでいさせて。