私のおばあちゃんはお裁縫が得意で、おばあちゃん子な私はしょっちゅういらないタオルだとか小さくなった服を経ちバサミで切っては自分の手より少し小さな針を動かして縫いつけミシンをかけ…要するに裁縫ごっこが好きだったのだ。おばあちゃんの真似をして縫ってニコニコしてる、そんな幼少期だった。






「苗字さんもう終わったの?」
「だから次のところまでやっちゃダメですか?」
「…と言ってもねぇ、あなたはもうかなり先まで進んでるし」


一応みんな同じペースで進みたいと漏らす先生にそうですかとしか言えなくなってしまう。
中学生になり家庭科の時間でエプロンを作ることになった私は、それはもうワクワクした。そんな幼少期だった…なんて言いながらもそれは今も変わらず、暇があったらパッチワークなんか作ってみたり冬には意味もなく徹夜して編み物を生産しまくったりしている。
こんな裁縫大好き人間になった私にとってエプロンを作るのはそりゃもう簡単で、こんなのに沢山時間をかけてどうするんだよ…とササッと先生の説明した今日のノルマを終わらせてしまって、絶賛暇なう、なのだ。


「そうだ、苗字さん。黒羽くんの手伝ってあげて」
「黒羽くんの、ですか?」
「ええ。あの子不器用で…細かい作業が苦手というか他の子よりもかなり遅れていて、おねがい!先生も忙しいし…」
「えっと…先生からも説明してくださいよ…?」


暇だからって男子を手伝うのはなぁ…なんて思いつつも結局私は突如黒羽くんのエプロン作りをお手伝いすることになったのだ。






「黒羽くんよく体育着の袋作れたね…」
「あれほとんど先生にやってもらって。俺がやったのって柄選んだくらいかもな」
「ああ…」


もしかしたら先生はエプロンもそうなることを見通して私に頼んだのかもしれない。頭の中で浮かべた黒羽くんの袋は綺麗にできていたけれど、先生が作ったのならあたり前だ。
黒羽くんの手先の不器用さは、とにかくひどいものだった。まず糸が通せない。あの偉大な糸通しを使っても通せないという不器用さを披露してくれた彼に思わず頭を抱えた。まさかそんな人がいるなんて。


「黒羽くんお裁縫苦手なんだね…」
「裁縫っつーか…こう、細かい作業が苦手なんだよ」
「あ、じゃあ技術の授業でやった半田ごても苦手だった?」
「あれもなぁ、なんかメタルスライムみたいになってって…」


溶かしてるのは楽しいんだけど、と笑う黒羽くんにハハハ…と乾いた声が漏れる。どうやら筋金入りみたいだ。仕方ない、一肌脱いで…でも彼にもちゃんと作ってもらおう。押しつけになっちゃうかもしれないけれど私の好きな分野だから彼にも好きになってもらいたいのだ。それで少しでも楽しいって思ってくれたらいいな…って。


「とりあえずミシンのセットは私がやるね」
「お、サンキュー」
「でも縫うのは黒羽くんだから。ミシンはスイッチ入れてれば勝手に縫えるし大丈夫だよ」
「なんか手ぇ縫いそうで怖いっつーか…」
「あー…えっと…」


ミシンのセットを終えて唸りながら、とりあえずミシン前に彼を座らせる。スイッチを入れるとういんとミシンが動く音に合わせて黒羽くんの方がピクリと揺れた。…慣れてない彼からしたらミシンはとんでもなく怖い機械なのかもしれない。


「ちょっとだけ、我慢してね。ごめんね」
「え?うわっ!?」


横から彼の両手を掴んでミシンで縫う体制に導く。おお…黒羽くん手おっきいな、さすが運動部なだけはある。


「黒羽くん、右手はスイッチのところに、ここを押せば進むからね。左手は引っ張らずにこんな感じで添えるだけでいいから」
「…」
「あ、あの黒羽くん…?」


確かに大して仲の良い訳でもない女子にくっつかれても迷惑だろうけれど何も言わずに固まるのは勘弁して欲し…いや、私かなり彼にひっついていたかも。何やってるんだ私!ごめんねと言って慌てて離れると黒羽くんはハッとした顔をして私を見た。


「苗字って親切だな」
「ごめんなさ……え?」
「あまり話したこともないのにこんな親身になって教えてくれるし」
「迷惑とかじゃ」
「ねーよ。むしろ助かる」
「よ、よかったあ…!」


ホッとしたのもつかの間、さて縫うぞというところで授業の終わりを告げる鐘がなった。また来週だね、なんて二人で笑って次の家庭科の時間はよろしくと爽やかに言う黒羽くんにもちろんと返した。






「よろしく」
「うん、頑張ろうね」


黒羽くんのエプロンを手伝って何回目か。ぎこちない手つきだった彼も少しづつなれてきたのか、ミシンでまっすぐ縫って返し縫いをするというテクニックを披露できるところまできた。一般的に見れば普通のことだけれど糸通しにすら糸を通せなかった彼だ、ものすごい進歩と言えるだろう。


「苗字はもう完成してるんだっけ」
「うん、黒羽くんもあと少しだね。本当に上手になったと思うよ」
「そりゃ苗字の教え方がうまいからな、お前がいなきゃ完成できなかったと思うし」
「そんなにおだてても何も出ないよ?」
「別に思ったことを言っただけだって」


笑顔で私に告げる黒羽くんに顔の赤みを見られないようにしてありがとうと返事をする。
黒羽くんは驚くほど優しい。今思い返せば私、つまり女子に手伝ってもらうという行為に嫌な顔せずお礼を言える時点で彼は同学年の男子より大人っぽくて優しいのだ。他の男子なら悪態をつかれていただろうに。


「あと少しだね」


終わらなきゃいいのにな、なんて考えてしまうのはいつの間にか私が彼に淡い思いを寄せていいるからだ。ただでさえこの授業以外で話さないのにこれ以上接点が少なくなったら恋どころではない。クラスメイト以下である。……自分で言っておいて悲しいな、おい。


「なんかお礼出来たらいいんだけどな」
「え?」
「こうやってミシン使えるようになったのも苗字のおかげだし。なにがいい?」
「いや、いやいやいや…そんなたいそれた事してないって」


なんとも義理堅い人だ。なんでもいいから、と返し縫いをしながら聞く黒羽くんにそれっぽくうーんと唸ってみる。お礼なんて言われてもなぁ…


「え、えーっと…なんでもいい?」
「おう」
「じゃあ、その、この授業が終わっても私とおしゃべりしてくれたら嬉しいなぁ…なんて…」


ミシンを動かしていた手を止めて私の方を見る黒羽くんに頭を掻きながらお願いすると不思議そうな顔をして「は?」と返される。うわっ、ダメかあ。一応覚悟はしておいたけど面と向かって言われるのは中々辛いものがある。


「あ、嫌だった…?」
「いや、そんだけでいいのかよ」
「それだけって…ううん、すごくいい」
「ってかこれじゃあお礼になってねぇだろ。むしろ俺のが得してるっていうか」
「え?」
「あ、いや、なんでもねぇって!」


誤魔化すようにまたミシンをかけ始める黒羽くんにそっか、と返して、でも視線は彼に向けたまま横顔を見つめる。ねえ黒羽くん、それ誤魔化せきれてないよ。ちょっとだけ顔が赤く見える彼が私と同じことを考えていたらいいな、なんて。
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