短編 | ナノ







音楽なんて大っきらいだ。聞くのは好きだけど演奏とか歌とか、そういうのをするのは本当に嫌い。それが内心に関わってくるのも本当に嫌だし、一人だけ音を外しまくった歌でみんなを惑わせ笑われるのも嫌だから合唱は特に嫌だ。考えた奴を地獄送りにしたい。


「遅れてる、もう一度だ」
「うん」
「返事の前にちゃんとやれ」
「…はい」


投げ出したいし、泣き出したい。毎年クリスマスに地域交流の参加を義務付けられた2学年は、クラスでひとつづつ出し物をすることになっている。私のクラスはハンドベルと合唱だ。ふざけている。隣のクラスは寸劇で、同じように合唱が被っているところはあっても、わざわざ大変なハンドベルまでおまけしたりしていない。考えなしにもほどがありすぎる。
私はそんな中、歌を歌いつつハンドベルまで鳴らさなくてはならない。ジャンケンで負けたから。どんなに音痴だからといってもみんな嫌だからと代わってはくれず、リーダーな織田くんには怒られっぱなしだ。遅いとか、リズムがあってないとか…本当のことだからなにも言えない。でももう私だってへとへとに疲れてしまったのだ。


「織田くん」
「なんだ」
「私、当日は風邪をひいてお腹を壊した上に猛烈な嘔吐感に襲われ高熱を出すから」
「…それは、つまりサボると言っているのか」
「人間どうしてもできないことがあるんだよ、翼をくださいって願ってももらえないみたいに…私はどうあがいても音楽関連はてんでダメなんだよ…」


織田くんなら多分、私のいない穴も埋められるだろう。というか練習中に一度あまりの出来のひどさに見本として一人で私の分までハンドベルをぶんぶん振り回してたし。私いなくても良くない?歌だって、私はそもそも口パクだし。問題ない問題ない!


「お前、ちょっとこっちに来い」
「怒るんでしょ?やだよ、私本当に無理なんだよ、ハンドベルするくらいなら…まだここでストリップショー開いた方がずっと心が楽だよ…」
「アホなこと言ってるな!ほら、いくぞ!」


ハンドベルを持たされずるずると引きずられていく私。誰も止めてはくれない。織田くんは私を無理矢理空き教室に押し込み、鍵までかけやがった。ゾゾーッと背筋が凍ってゆく、これは、よろしくないぞ…


「私をこんなところに押し込めて、無理やりナニする気なの…?」
「アホなことを言ってないで練習するぞ」
「いやだ」
「お前な!勝手なことを言ってるのがわからないのか!」
「じゃあなんなの?織田くんは本当に、どうしても無理だっていうことを人にさせるのが、勝手なことじゃないって言うの?」


私が酷く自己中心的なのはよくわかっているけれど、ここだけはどうしても譲れないのだ。高ぶりすぎたからかボロりと涙がこぼれ、スカートを濡らす。織田くんもまさかここまでとは思っていなかったのか、もごもごと口を動かしたかと思ったら、そのままゆっくりと、歌い始めた。

星に願いを

クリスマスだからと、誰かが提案したこの曲。織田くんの歌は模範的で低い声が心地いい。バスの担当なのに織田くんはしれっと女性パートを歌ってゆく。歌い終わり、ポカンとしている私を置いて彼はまた歌い始めた。今度はそのままの、ゆっくりの早さだけれどハンドベルもつけて。


「お前のハンドベルを演奏するところはな、片手で数えるくらいしかないんだ」
「え?ほ、本当に?」
「ああ、みんなそうだ。特にみょうじは少ないところで、曲に合わせて落ち着けば、きっと上手くいく」
「そんなこと…」
「上手くいく。約束してもいい」


織田くんは私にハンドベルを握らせ、さっきまでとは違う、ちょっとだけ優しげな雰囲気で再び歌い始めた。私の鳴らす場面では織田くんが合図してくれる。何回か繰り返すうちに、どうにか普通の早さでタイミングが合うようになってきた。その頃にはずっと寄っていた織田くんの眉間のしわもなくなって、私が上手に鳴らせるとその度に彼の笑顔が見えるようになった。


「私、できるようになった…?」
「ああ、お前がどんなに音痴だろうと音楽が嫌いだろうと、できないことはない。翼をもらえないのなら自分で作って飛び立てばいい」
「…何それ、鳥人間かなにか?」
「お前なぁ…」


呆れ顔の織田くんは私の頭をガシガシともみくちゃにし、お前は星に成功するように祈ってろ!なんて言った。歌うのが「星に願いを」だからって、つまらない例えだ。…自分自身を歌に例えた私が言うことでもないけど。


「織田くんが星に願ってよ!私は…そうだなぁ、太陽に祈るかな」
「沈みかけた太陽にか」
「じゃあ!月に祈る!月よ、我に力を授けたもう…」
「…お前がアホだということがよくわかった」
「ひどい…なら織田くんに祈ろっかな。織田くん、私に力をください。応援してね、それで失敗してもふんぞり返れるくらいになれるようにしてね」
「俺の力でよかったらやる。だがな!失敗はするなよ、いくらでも教える」


星より太陽より月よりも、織田くんの言葉の方が心強い。ようし!たまには嫌いな音楽も頑張ってやろうじゃないの!…だから織田くん、見捨てないで歌の方まで面倒見てね。









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