短編 | ナノ








昼休みも終わりそうな頃。友達と新作のコスメがかわいいとか、そろそろ秋物の服が欲しいとか、雑誌を見ながらきゃいきゃいはしゃいでいたところで声がかかった…同じクラスの織田だ。変なの、あたしとコイツって正直な話反対の位置にある気がするし、そもそも織田はあたしのこと嫌いなタイプだと思う。実際ほとんど話したことはない。真面目で勉強も部活も手を抜かない織田と、不真面目で部活はしてないしバイトして遊びまくるあたし。うーん、まるで違う。


「なに?どうしたの?」
「放課後、少し頼まれて欲しいことがある」
「え?っていうかなんであたし?」
「みょうじ、お前にしか頼めないんだ。何も聞かずに、引き受けて欲しい」


あの織田がここまで頼むのも珍しい。軽くオッケーと告げれば、それはそれは丁寧に頭を垂れてありがたそうにしてくるので、かなり拍子抜け。別にお前にしか頼めないって言葉に惹かれたわけじゃないぞ…本当だってば。







放課後、教室じゃなんだからと連れてこられたどっかの部室。織田の兼部してるところの部室らしいけれど、勝手に使っていいものなの?というか、このシチュエーションはもしかして…告白だったりして……いやねーよ。きっと何かしらあるんだろう。織田のように頭がいいわけじゃないから何が何だかって感じだけどね。


「単刀直入に言う。俺に化粧をして欲しい」
「ハァー?」
「もうすぐ、学園祭があるだろう」
「あるね。で?それとこれ、なんの関係があるのよ」
「まずは話を全部聞いてくれ。それから判断してくれると助かる」


思いっきり断ろうとしていたのがバレたのか逃げ道を潰されてしまった。適当な椅子に背をかけてとりあえず話だけ聞いてやる。なんて優しいんだろ、あたしって。
織田の頼みは元を辿ればサッカー部でメイド喫茶をやることから始まったようだ。外注したメイド服が届いたもんだから着てみたところ割と似合うじゃないか。部員に化粧したらそれなりに見えるかもな、誰かに教わってこいよ…とのこと、らしい…あほくせー!真面目に聞こうとするなよ!!からかわれてるって!!


「それはそうとさ、あたしに声かけた理由は?」
「それは…たまたま昼休みに化粧の話をしていたからだ」


なーにが「お前にしか頼めない」だ!これ適当じゃねーの!まんまと釣られて馬鹿らしい、あたしは帰るぞ!…とも思ったのだけど、確かに織田はそれなりに綺麗な顔をしている。化粧で文字通りに化けるかもしれない…あたしの心の奥底で、なにか熱いものを感じた。





「ごめん、ホントは化粧水した後の方がいいんだけどさ」
「構わん。続けてくれ」


顔を洗って前髪をピンで留めた織田にめを瞑るように言って、ポーチから化粧下地を取り出した。鼻やほっぺに塗ると分かり易いくらい肌の色が違う。そりゃそうだ、コイツは来る日も来る日も外でボールを追っかけ回してるんだもの。ファンデも塗りたくり、首を見なければそれなりに見えてきた織田は、さっきから眉間にシワがよりまくっている。


「嫌ならやめるけど」
「そうじゃない、なんだか落ち着かなくてな」
「ふーん、そういうもの?あっ目つぶってて」


シャドーを塗ってアイラインも引いて、カーラーで巻いてマスカラを塗りたくる…目元が終わると段々とかっこよかったはずの織田はオカマくさくなっていて、ちょっと笑いそうになる。目は閉じるように言ったままチークを入れてやればちょっとまともになった…かな?
鏡を渡し一度見せてみると、織田はそのまま震え、凝視したままなにも言わなかった。こわい。


「あの…どう?」
「これが、俺か…?」
「うん」
「こんなに変わるものなのか…」


変わったといえば変わったけれど、そこまで変わった?普段の織田の顔なんて覚えてないのでよくわからなかい。でも織田がびっくりしてるのはよくわかるよ、あと、割といいかもって思ってるんだろうな…ってのも。


「あ!口紅忘れてた!」
「口紅?別にいらないだろ」
「いるっての!メイクは足し算で引き算なんだから!」


といっても、詳しいことはまーったく理解してないんだけどね!ポーチからこの前買ったばかりの口紅とグロスを取り出して蓋を開ける。これ発色いいんだよ、という私の声に、織田はあからさまに動揺した。え?なに?


「く、口はいい!やめろ、というかやめてくれ!」
「なんで?ここまで来たなら最後までやりたいんだけど」
「お前、口紅は、間接的に…」
「はッ…ハァーッ!?!?」


なに?関節キスって言いたいの?確かにそうだけどさぁ…でも別に口紅くらい気にすることでもないじゃん…今までファンデとかマスカラ塗りたくってるときは何も言わなかった癖に、口紅だけ反応するのが笑える。
無理矢理顎を掴んで塗ってやると、チークじゃないうっすらとした頬の赤みにあたしの口角が上がってゆく。わはは!ファンデしてるから薄いけど耳は赤い!女慣れしてないなぁ、織田らしいけど。グロスもつけてやれば、なんだか不思議な感じの織田の出来上がりだ。服によっては女で通せるかもしれない。…無理か、肩幅でかいし。


「織田、わりと化粧似合うじゃん」
「…やめろと言ったのに、お前は」
「でも頼んできたのは織田でしょ?かーわいー!」



私の言葉に織田はもっと肌を赤くした。怒るに怒れず口をもごもごさせるばかりで、それが一層かわいい。あ、そうだ。
見せつけるみたいに口紅を、自分の唇に引く。ニィと笑ってみせた時の織田の顔ったら、そりゃあもう傑作だった。背は高くていつもは仏頂面な織田が照れてる、しかも口紅の間接キスなんかで。


「口紅って服についたら落ちにくいんだよ、知ってた?」
「だからなんだ」
「試してみる?」
「な、お前何を言ってッ…!?」
「うっそぴょーん…あれ?顔赤くない?どうしたの?」

わざとらしく言った私に織田はますます赤くなる。これ以上赤くなるのかな?うわ、それ気になるんですけど。
アハハ、ほんと織田ってかーわいー!







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