短編 | ナノ







突然のどしゃぶりでテストの勉強をするだけだったはずの私は、お風呂まで借りることとなってしまった。お邪魔しますと声を少し張ってみるも織田くん曰く「まだ俺しかいない時間帯だ」とのことで、私は初めてのお宅訪問で一体ドコまで進んでしまうのか気が気じゃない…


「今沸かしているからちょっと待ってくれ、タオルもう一枚使うか?」
「えっ!?あ、いいよ!うん!タオルもお風呂も大丈夫!私体強いからさぁ!うんうん!」
「そういう話じゃなくてな…とりあえず頭だけでも拭いとけ」


織田くんは真っさらなタオルで私の頭をゴシゴシと拭いていく。ああっキューティクルが…まあそんなもの内に等しいけどさ…こんなやりとりで生まれた少しほのぼのとした空気、しかしそれをピピーッと突然の機械音にぶち壊された。驚く私をよそに織田くんは風呂が湧いたと奥に消えてゆく。ついに、きてしまったのか…




「広い風呂だな…」


抵抗感があったはずの彼氏の家の風呂というものも入ってしまえば簡単にすっ飛び、気がつけば織田くんと同じシャンプー!同じボディーソープ!などと浮かれまくっていた。現金なやつだ。織田くんのお風呂はマンションの我が家に比べると広々としていて、ちょっと羨ましい。足が浴槽の中で伸ばせるなんて…なんていい暮らしだろう。
風呂から上がるといつの間に用意しておいたのか、かごの中に入った着替えが入っている。なんと気が利く彼氏なんだろう…織田くん大好き…!とりあえず下着を、というところで気がついた。私が着ていた靴下やインナー…下着は一体どこに?ごうんごうんと動いている洗濯機、下着までぐっしょりになるほど酷かった豪雨。ここから導かれる答えは、そう…


「お、織田くん…」


まさかとは思いたいけれど、私の下着は、織田くんの手によって洗濯されたのでは…?風呂上りだからじゃない、顔の熱さに死にたくなる。嘘だろ織田くん、まさかそんないらない気を使ってくれたとか、そんなことないよね!?


「ヒッ!?」


それならと、織田くんの用意してくれた着替えを見てみると、見覚えのある彼のTシャツにハーフパンツ、そしてボクサータイプの…メンズもののパンツが……嘘だろ織田くん、お願い嘘って言ってよ!これはちょっとアレすぎやしないかな!?


「織田くん!?織田くん!!ちょっと!!ねえ!!!」


大声で叫ぶとそれをかき消すくらい大きな足音がこちらに近づいてくる。これがどういうことなのか説明ちゃんとしてくれるよね!?


「みょうじ!どうし…」
「ぎゃああッ!?あのっドアは締めて!!」
「ァア!?す、すまなっ…申し訳ない!!」


私の叫び声にも近い呼び出しに相当焦っていたのか、ノックだとかは全くせずにバタンと思い切り開かれたドアにより、私はどこぞのハーレム漫画のようにタオル一枚でご対面をしでかしたのだった…嘘だろ!?私何か悪いことしたっけ!?


「織田くん!さっきのことは忘れて!!じゃなかったら殴る!」
「も、もちろんだとも!ああ!」
「それと着替えありがとう!でもなんで下着…これ…」
「俺のだ」
「だよね、うん…それはわかるんだけれど…」
「心配するな!もちろん新品だ!」
「そうじゃなくって!」


確かに私達は恋人だけれど、たとえ新品であろうが彼氏のパンツを穿くのはどうなのかな…というか彼女に自分のパンツを穿かせようとするのもどうなのかな…


「さすがに母親の下着を勝手に渡すのも、穿かせるのもどうかと思ってな」
「だからって自分の下着を穿かせようとするのもどうかと思うよ…」
「お、お前まさか何も穿かないつもりじゃないだろうな!?」
「それも視野に入れてはいるけれど」
「何を考えてるんだまったく!」
「怒ってるわりに、なんでちょっと嬉しそうな声してるの…」


しかたない。嫌だけれど私の下着は現在洗濯中で彼氏の母親の下着を穿くというのも躊躇われる中、ノーパンも厳しいとなると選択肢なんてなくなってしまう。穿こうじゃないの。たとえ彼氏のパンツであろうと背に腹は変えられない。
心を決めた私の行動は大変早かった。30秒で支度をし、扉を開けて風呂場から出ると何故かうずくまっている織田くんに一応ありがとう(あくまでもお風呂を貸してくれたことに、だけれど!)と伝え、はじめに通された居間であろう場所に戻る。ヤケクソになった女は強いなぁ…しみじみと思えば思うほど悲しくなっていくのであった…





散々な目にあった翌日。織田くんに会いたくないなぁ、なんて考えながら登校すると、悲しいことに部活終わりであろう織田くんとバッタリ鉢合わせてしまった。勉強なんてできるはずもなく、私はお風呂から出てきた織田くんに帰ると言って彼の家を早々に飛び出したので、昨日のパンツも含めてちょっと気まずい。


「おはよう織田くん…」
「ああ、おはよう」


思っていたよりも普通そうにしている織田くんに少しホッとする。よかった…お互い昨日のことは無かった事にしようね…


「これを渡そうと思ってたんだ」
「え?なにこれ?」


安堵しきっていた私に織田くんはひとつの紙袋を差し出した。誕生日でも記念日でもない。なんだろうこれ。袋の中身を見てみると、そこにあったのは…昨日身につけていた下着であった……


「な、これ…なんで…」
「洗濯したまま帰っただろ?だから乾かして持ってきた」


ヒエ〜ッ…なんちゅうことをしてくれたんだ織田くん…善意100%ですという顔で言ってくるものだからタチが悪い。私はこの下着をどうすればいいのかな。織田くんに洗われ乾かされ、そして畳まれたこの下着を着るの?どんなプレイなの?同棲してとか、そういう状況下ならまだしも、なんかちょっと耐えられない…


「織田くん、この下着あげるよ…」
「え!?」
「っていらないか。それじゃあ折角洗ってくれたりしたのに悪いけど捨てるね、ごめんね…」
「まて!すッ捨てるのか?」
「うん」
「それで、その…俺に、くれると…?」
「うん…」


ちょっとだけ彼のメガネが輝いたのを、私は見逃さなかった。紙袋を差し出すと大事そうに受け取り、カバンの中に入れる織田くん…複雑だ…


「そうだみょうじ、昨日穿いて帰った下着は返さなくていいぞ。これの礼だ」
「いや私もいらないんだけど!?」
「ま、まさかとは思うがお前の穿いた下着を俺に着用させたいというのか…?だからこれもこうやって…?」
「違う!違うからね!?あーもういいよ!全然ありがたくないけど頂戴するよ!」


たかが布切れで私は彼の知りたくない一面を見てしまったようだ。恐ろしい…何が彼をあそこまで変えたのか…そしてそんな彼を嫌いになれず、むしろ好きな自分がもっと恐ろしくて信じられないのであった。









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