短編 | ナノ







1
織田くんは、私に優しい。優しいというか下手に出てるというか、私を否定することは一切言わなくて、どこかに行きたいと言うと必ず「そうだな、今度の部活がオフの時でいいか?」と返すしご飯を食べに行った時に和食の方が好きそうなのに私の一言で中華になるし、とことん私に甘い。


「織田くん」
「なんだ?」
「その、寒くない?」
「大丈夫だ」


嘘つけ、鼻が真っ赤なのによくそんなこと言えるよ。雪も振りそうなくらい冷え込んだ今日、寝坊してマフラーをしなかった私を見かねて彼は夜になると寒いからと自分のマフラーを私に巻き付けた。寒いのはお互い様で、忘れた私が悪いのだから気にしなくてもいいのに。


「あ!織田くんなにか飲み物買おうよ、私マフラーのお礼におごるから!」
「いや、大丈夫だ」
「大丈夫って…」


傍にあった自動販売機に小銭を入れてあったかいお茶を買う。熱い。猫舌の私には飲めそうもないので手を温めるのに使うことにした。織田くんはそんな私を見つめてるだけで、そこから動きもしなければ表情も変えなかった。それがちょっと寂しいのだけどきっと織田くんはそんなこと気がついていないんだろうなぁ。


「織田くん、これ、持ってて」
「いや、だから俺は受け取らないぞ」
「違うの、今日寒いでしょ?だから手を温めるのにでも使っててよ。私猫舌だから買ってすぐに飲めないし」
「みょうじの手だって冷たいだろう?俺は大丈夫だ。伊達に運動部をやっているわけじゃないからな」
「…お願い」


きっと織田くんは私が頼めばなんでもしてくれるのだろう。私も織田くんが頼めばなんでもしたいけれど、だからって織田くんは私を優先してくれなくてもいいのに。私のお願いという言葉に、やっとお茶を受け取った織田くんは、一瞬だけ苦笑いをしてまださっきのようになんの表情もない顔に戻った。嫌だったら嫌って言っていいのにね。言わないってわかっていて頼む私もなかなかのずうずうしさだけれど。



2
昼休みに入り、みょうじが倒れたと聞いて、朝にあった時の顔色が悪く見えたのが気のせいでなかったことがわかった。気がついていたのに、未然に防げてかもしれないというのにこのざまだ。擁護しようのなさに頭が痛くなる。
倒れたのはちょうど前の時間…彼女は体育だったらしく、準備運動が終わってそのまま倒れたらしい。もしかしたら、まだ学校にいるかもしれない。保健室に向かう足は早くなるが体感速度は驚くほど遅く感じて、体はやけに寒く感じた。


「あれ、織田くんどうしたの?」


保健室に入ると俺を迎えたのは少し顔色の悪いみょうじだった。硬そうなソファに腰掛け、俺を見上げて具合が悪いのか、怪我をしたのかと尋ねてくる。具合が悪くてここに運ばれたのはお前だというのに、俺を心配してくる姿を見て、ようやく全身の寒さが溶けてゆく。ああ、よかった、少しは良くなったのか。


「お前が、倒れたと聞いて、」
「え?私?あはは…恥ずかしいな。貧血なんだって、それと寝不足?」
「倒れるほどひどかったのか」
「たまたま重なっちゃって、それでって感じかな?でもね、私は大丈夫だからさ」


大丈夫という響きにひどく心臓が痛む。それだけじゃない、頭も殴られたみたいにグラリとして、血が駆け巡る感覚が良く分かる。何を言っているんだ、お前は。


「大丈夫な訳無いだろ!」
「お、織田くん?」
「倒れたんだぞ、お前は!それのどこが大丈夫なんだ、言ってみろ!」
「でも私、もう大丈夫で…」
「俺が!大丈夫じゃないんだ!」


つい、感情に任せてしまった。飛んでいた理性が戻ってきた頃にはもう遅くて、ついつい荒木に叱るかのように大声で、しかも強い口調でみょうじに当たっていた。具合が悪い人間に、しかも恋人に何をやってるんだ俺は。ぽかんとした顔の彼女は理解できていないのか何も言わずに俺を見つめている。閉じた唇が開かれたら、今度は俺を罵る言葉が出てくるのかもしれない。だが、そっちの方がまだ心が楽だ。嫌いだと言われてしまったら、そうしたら俺は、どうしたらいい。


「織田くん」
「…すまない、つい、あんなキツく」
「ありがとう」


なにに、礼を言ったんだ?俺は何一つそんな言葉を言われることを言った覚えはないのに。みょうじの顔はいつものような、いや、いつもよりもずっといい笑顔で俺を見つめる。顔色は良くないが、嬉しそうにする彼女がよくわからない。


「織田くん、私嬉しいの。わかってなくてもいいんだ…でもね、すごく嬉しいんだよ」
「俺は、そんな…」
「ありがとう、大好き」


言われるのではと怯えていた言葉と真逆の言葉に目が丸くなる。そんな俺を見てみょうじはおかしそうに笑い声をあげた。



3
意を決して、聞いてみようかなと思った。思ったまでは簡単だったけれど実行するまでが難しくて上の空で織田くんとお話をする。


「もう元気そうだな」
「織田くん、いつの話を言ってるの…」


私が倒れたあの日から、ちょっとずつ織田くんとの距離は縮まってきている。なんと、織田くんがついに主張するようになってきたのだ!代名詞になりかけていた大丈夫も少なくなって、この前ちょっと冗談混じりにランジェリーショップで下着を選んで、なんてわがまま言ってみたら「大丈夫だ」ではなくついに「嫌だ」を引き出すことにも成功した。わがままの例がアレだったのもあるけれど、ここまで長い道のりだったなぁ…


「…ねえ織田くん、なんで織田くんは私のわがままに付き合ってくれるの?」
「お前はほとんどわがままを言わないだろうが」
「そんなことないよ、ほらご飯何食べたいか織田くんに聞いた上で違うものにしたりするじゃん。そういうわがまま…というか意地悪するのに、織田くんは何も言わずに大丈夫、だし」


口に出して思ったけどなかなかひどいことをするな…私…たしかこの時は蕎麦を食べたいと言った織田くんを押切ってラーメンを食べた。私の質問に織田くんはちょっとだけ笑ってみせて、私の名前を呼んだ。段々と見せるようになってくれた彼の表情、この優しい笑顔はふと気がついた時によく織田くんがしているものだ。


「例えばわがままや意地悪をしないやつがいるだろ、そいつが申し訳なさそうにわがままや意地悪をしてくるんだ。しかも内容は結構どうでもいいことで」
「ど、どうでもいい…」
「それがな、かわいくて仕方ないんだよ」


織田くんは、結構悪い性格みたいだ。私の顔が赤くなるのを見て楽しそうに笑う織田くんがちょっと恨めしい。


「ランジェリーショップには行ってくれなかったくせに」
「そっ…それとこれとは話が違うだろ!」


私よりも顔を赤くする織田くんがおかしくって声をあげて笑う。それに織田くんものっかって、二人で笑いあった。こうやってる時間が楽しくて仕方ない。私達、これから何かあっても大丈夫だよ、きっと。








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