短編 | ナノ







恋バナというものが昔から嫌いだった。人の話を聞いている分
には、とても素敵なお茶のお供になるし楽しそうに好きな人について語る友人を見るのは面白い。けれどそれがいざ私になると、どうしても嫌だった。好きな人ができても私は相変わらず「まずは好きな人募集中かな」なんておどけていたし。だからそれで痛い目に会うなんて思いもしなかった。


「織田くんが好きなの」
「え?」
「なんかさ、かっこよくない?」


何その適当な返し。織田くんがかっこいいなんて今更すぎる。勿論そんなことは言えずに「そうなの」しか返せない私に彼女は好きになった馴れ初めを語る。どうしてよりによって織田くんなの。あなた、前までは明るいムードメーカーがタイプって言っていたくせに、織田くんじゃあ真逆じゃない。
笑顔は上手にできているか。どうしても頑張れとは口から出なかった。昔、女に女の作った顔はモロバレだと聞いたけれど、どうかバレていないで欲しい。…いや、バレていた方がいいのかな、私がうまく笑えなくなるくらいには織田くんが好きってことに。






織田くんを好きになったのはいつだったか正直良く覚えていない。気がついたらいいな、と思っていて目で追っていた。
去年も今年も同じクラスで、クラスメイトにからかわれて怒る子供っぽいところも、サッカーをしているときのメガネを外した彼も、授業中のぴんとした姿勢も、みんなみんな誰よりも好きなのに、それを主張することは私にはもう出来なくなってしまった。


「告白しようかと思うんだ」
「…そうなの?」
「うん、だからなまえ!応援しててね!」


彼女に悪気はなくとも、皮肉的だなぁと思う。応援なんて出来るわけない、でも彼女がフラれて泣いてしまったりしたら、それこそ私はどうしたらいいんだろう。素直に喜べる?まだ私にもチャンスがあると思える?
織田くんと彼女が付き合うのは嫌だ。好きだった人を取られたくない。けれどそれから先をどうしたらいいのか、私にはわからないでいる。


そしてその時は、私が思っていたよりも早く来た。



「なんかね、織田くん…好きな人がいるんだって」


フラれちゃったと私の考えていたよりずっと早い、次の日の放課後に行われている告白の結果報告に戸惑っていると、私が泣き出しそうな情報が降ってきた。フラれた当の本人はケロッとしてそのことを伝えてきて、彼女の強さを知ることになった。正直私、結構辛いのだけれど。涙は出ないけれど、泣きたくて仕方がなかった。




「どうしたんだ?」
「え、織田くん…?」


彼女の愚痴に付き合っていたらいつの間にか遅い時間になっていて、ぼんやりと駅で電車を待つ私に声がかかる。織田くんもまさかさっき間で話題に登っていたとは露知らず「みょうじはやけに遅く帰るんだな、危ないぞ」と注意するくらいだ。私の作り笑顔に織田くんは気がついていないようでそのままクラスの話題になる。


「そういえば、担任が結婚するらしい」
「え?そうなの?」
「ああ、サッカー部で少し話題になってな。恋人らしき人と婚約指輪をつけて歩いていたそうだ」
「おお…マジっぽいね」

結婚、結婚かぁ。担任の先生が結婚するってはじめてだからどうしたらいいのかわからないけど、色紙と聞いたりするのかなぁ。考え込む私を見て織田くんは何か口をもごもごとさせて、何やら接続詞をたくさん並べている。どうしたんだろう。


「…みょうじは好きな人って、いるのか」
「え?」
『──番線に電車が参ります、危ないので線路の内側を──』


突然のはなしすぎて、ついていけない。だからなんてタイミングのいいところで電車がきてくれた。私と織田くんは4つだけ同じ電車に乗る。4つめで私は降りるからこの質問に答える必要もなくなるだろう。織田くんは電に乗り込むと私に何も言わなかった。同じように私も黙って電車に揺られる。あ、次で私は降りる駅だ。


「まだ明日ね」


はぐらかすみたいにそう告げて電車から降り改札を目指す。すると、私の名前を呼ぶ声が聞こえて、思わず振り返る。この声、織田くんの声だ。やっぱりというか後ろには織田くんがいて、私は馬鹿みたいに瞬きを繰り返す。


「なんで、織田くんの降りる駅ってもっと先でしょう?」
「ああ。だが俺はまだ答えを聞いていない」
「だからってそんな」
「教えて欲しい、お前に今、好きな人はいるのか」


なんでこんな話になったのだっけ?好きな人なんて目の前にいる。そんなことは言えないけれど酷く心臓がうるさい。ちょっと期待してしまう私がいて、必死にそれを打ち消そうとする。そんなわけ無い、織田くんには好きな人がいるって友達がフラれたばかりなのに。


「…いる」
「…ッそれは?」
「なんでそんなこと、言わなきゃならないの?」


駅のホームの人通りの少ないところ。そこまで歩いて、こんな話をして。どうしよう嬉しいのに素直に喜べない私がいる。織田くんと話ができてすごく嬉しいのに、次の彼の言葉が怖い。お願いだからただ気になったとか、そんな返事を頂戴。でないと私は、


「お前が好きだからだ」


本当にどうしたらいいのかわからなくなる。
ただ単に嬉しい。私ずっと好きだったのと言って、できるなら抱きしめたいくらい。けれどそれをフラれたのと語った彼女の笑顔が私を許してくれない。私が良いと返事をしたら彼女への裏切りなのでは?だからといって私にこれを断るなんて選択肢はまるでない。


「…ありがとう」


ちゃんたした答えは何も言えなくて、そのまま改札に向かって走り出した。織田くんは追ってこない。それにホッとするけれど寂しくもある。追いかけて欲しいなんて、夢の見すぎだり
ごめんね織田くん、私、すごく好きだよ。好き、好きだよ。でもね、どうしたらいいのかわからなくて、もう既に裏切っているようなものなのに、さらに裏切りたくないの。だから私、返事できそうにないや。ごめんね。









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