短編 | ナノ







お付き合いを始めて、手をつないだり一緒に出かけたり、キスをしたり。私達は確実に一歩一歩と段階を踏んできた。これ以上先に進むのが怖いわけでもなければ嫌というわけでもないのだけれど、私達はまだそこまでは行っていなかった。生ぬるい付き合いも結構悪くない。そうは思うけれど、少し微妙なのだ。


「お、織田くん…」
「なんだ」
「ごめん…なんというか、その、ごめんね…」


織田くんは久しぶりのお休みだから、出かけずに家でのんびりしようよと提案したのは私だった。提案したのだからとご飯は私の家でお母さんの作ったご飯を食べ(残念ながら私には料理のスキルが備わっていない)ちびちびとお茶を飲みながら、ふたりで一本ずつ観たい映画を借りたのだ。
織田くんは前にCMで密室殺人の容疑者は…全員!?みたいなことを言っていた洋画で、私は友達に勧められたコメディもの。はじめに織田くんの借りた映画を見て、そのあとに私の借りたものを見始めたのだけれど、それが何というか、濡れ場があって…今、非常に気まずい。どうすればいいのかわからないから余計に。


「お前は、どう思う」
「えっ!?考えさせられる内容ながらもしっかりと笑いも押さえ、作品の中にと引き込んてくる点では中々の良作だと思うよ!」
「そういうことじゃない」
「はい…」


できるだけ話しをそらしたくてボケてみるも容易くスルーされてしまった。つまり、セックスについて私の意見を聞きたいということ、なんだろうなぁ…。テレビ画面はもう濡れ場なんて終わって次の場面に移っているけれど、それで話の流れが変わることはもちろんない。


「私は…織田くん次第かな。織田くんがいいのなら、いいよ」
「お前は何を言ってるのかわかってるんだよな?」
「一応」
「俺もみょうじ次第だ。お前がいいのなら…けどな、今の距離感も嫌いじゃないんだよ」


織田くんの言ってること、良く分かる。私も今の感じすごく好き。もっと近くになりたいと思うこともあるけれど、このままでもいいかなって思ってしまう。それくらい居心地がいい。


「別にさ、どんどん先に進まなくてもいいと思うんだ。今みたいなゆったりした感じ私好きだもん」
「ああ、癒される」
「だからいいんじゃないかな」


もし"そういうこと"をしてしまったら、こうやってゆっくりと映画を見ている時間がそういうことで埋まるのかもしれない。もしかしたら映画よりもずっといいのかもしれないけれど、でも私はまだ、このままでいい。織田くんも同じなのかうっすらと笑みを浮かべている。


「色気がないけど、私達は多分映画見てる方がずっと幸せなんだよ」
「言えてるな。色気なんて犬にでも食わせとけ」
「色気のある犬って想像しにくいなぁ…」


映画はいつの間にかスタッフロールで、まったく見てなかったから話がわからず、ふたりとも今日一番の笑いが起きた。






「夜ご飯も食べてけばいいのに」
「流石にそう何度もご馳走になるわけにはいかないだろ」
「ちぇ!織田くんがいるとご飯が豪華になるんだけどなぁ」


あたりも薄暗くなって、玄関でそんなやりとりをしながら靴を履く。送っていくよという私の言葉にはじめは渋っていたものの、もう少し一緒にいたいと言えば、そのお願いはすんなりと通った。外は少し寒くて、どこからか美味しそうな匂いがする。油で玉ねぎとかじゃがいもとかを炒めてる匂いだ。


「いいな、こういうの」
「そうだよねぇ…普段一緒に帰ることないもんね。今度から部活終わるまで待っていようか?」
「あんな遅くまでまだせられない。だから、悪いが今日、これで我慢してくれ」
「充分だよ」


部活に入っていない私と織田くんじゃあどうしても下校時刻がぶつからないから、今日はレアだ。調子に乗って手を握ってみたりするとキュッと握り返してくれる。ああ…いいなぁ、こういうの。


「さて、次の曲がり角でお前は家に帰れ」
「えーっ!?なんで!駅まで送るよ!」
「バカを言うな、そんなところまで行って何かあったらどうする」
「ないよ!」


いつも歩いている道だから大丈夫と言えば、なおさら危ないと織田くんは答えた。慢心してると良くないとか、暗い中を一人で帰らせられないとか…心配しなくても大丈夫なんだけれど…


「少しの油断が命取りなんだぞ」
「そうは言われてもなぁ…」
「ほら、そう言ってる間にもう曲がり角だ」
「嘘でしょう!?」


やだやだと駄々をこねる私に織田くんはちょっと呆れ顔。いいもん、今日はもう少し一緒に居たいんだもん仕方ないじゃん。ハァとため息をついた織田くんはそしてそのまま私の名前を呼ぶ。これは織田くんが折れたな。そう思いしたり顔で見つめると、ぐぐっと小さくなる織田くんの背、慣れた手つきで外されたメガネ。あ、これってもしかして、


「ほら、帰れ」
「…なに今の…」
「あるだろ新婚さんの、いってらっしゃいのキスとか…そういう…」
「じゃあこれは?さよならのキス?」
「…そういうことにしておいてくれ」


照れるならやったり言わなきゃいいのに、律儀だなぁ。メガネをかけ直した織田くんのほっぺ…というよりは輪郭のラインにちゅうっと唇を押し付ける。私の身長だと彼に背伸びしてもキスできないのだ。だからこれでおあいこってことにしてね。


「今日だけじゃなくて、またしてね」
「は?」
「じゃないと私、怒っちゃうから!またね織田くん!」


あっけらかんととする織田くんを置いて元来た道をゆく。新婚さんだって、かわいい。ゆっくりと進む私たちがそこまで行くのには、きっとすごく先になっちゃうんだろうけれど…でも、そうなれるのを待ってるね。それに、言い出したのは織田くんなんだからこれからも、その…さよならのキスっだっけ?期待してるんだから。ちょっとだけど私達は確実に前に、先に、進んでる。いいよね、ゆっくりでも。どうせ私達ずっと一緒なんだもの。







<<>>

×