短編 | ナノ







私がお茶を入れると、ありがとうと言ってこちらを見ずにカリカリとペンを進めていく。今日のお茶はフレーバーティーだからいい匂いがするんだよ、ちょっとは癒されたりしないかな…しないか。締切前の彼はいつも切羽詰っているから、いつもなら気がつくような些細なことに全く気に止めようとしない。いつものことだから寂しくはないけれど大変そうな彼を見ると少し心配にはなってくる。



私とミッキーが付き合うことになったと告げた時に一番驚いていたのはめぐみと増田だった。私はよく二人に混じってミッキーの手伝い(と言っても肝心な手伝いを二人はほとんどしない)に行っていたしそれなりに接点はある筈なのに二人とも口をそろえて意外だと言った。


「ねえなまえ、ミッキーって付き合うとどんな感じ?やっぱりヘタレ?」
「っていうかさ、なまえはなんでミッキーなの?めぐみ的にもっとオラオラした感じの男と付き合うかと思ってたんだけど」
「二人ともミッキーをなんだと思ってるの…別に普通だし、あとは……まあ秘密ってことで」


なんとなく彼のことを二人に話してしまうのはもったいない気がした。私の気持ちは彼だけが知っていればいいし、彼のことは私だけが知っていればいい。そんなことを考えてしまうくらいに惚れているのだ。


「なまえ」
「えっ?なにかな、幹彦くん」
「ここのベタ頼める?」
「うん、いいよ」
「それとさ、お茶ありがと。なまえの選ぶやつってなんか癒される」
「そうかな?へへ、それならいいんだけど」


二人だけでいるとき、私はミッキーではなく幹彦くんと呼ぶし、彼は私のことをなまえと呼ぶ。幹彦くんが香織に名前で呼びなよとと叱られても、そのうちと返す幹彦くんだけれど本当はもうとっくに私のことを名前で呼んでいる。その度に私はちょっとだけ嬉しい気持ちになるのだ。


「幹彦くん、好きだよ」
「うん」


前はもうちょっと照れていたのに、今じゃそんなのもなくなってサラリと受け答えするようになった。そういうのって嫌じゃない。付き合い始めた頃は部屋に私と二人でいるだけでソワソワしていたのに今じゃそんな素振り全くない。なまえがいるとどうしても気になって集中できない、なんて言ってたくせにね。
お互いに、いろいろと初めてだった。恋人ができるのもキスをするのも、それ以上のことをするのも。その度に私達は少しずつ互いに慣れてきたのだ。もちろん、いい意味で。飽きてきたわけじゃない、傍に、隣にいるのがいつの間にか当たり前になっているから。だから私は会いたいと思ってしまう。居心地のいい彼の隣にいたい。


「……え?ちょっとまってなまえ今、えっ!?な、なんて言った?」
「ん?好きだよ?」
「め、めずらしい…普段はそんなこと言わないくせに…」
「幹彦くん見てたら、つい本音が」


前言撤回だ。私ほど彼はまだ、こういうのに離れてないようで。突然振り返り、顔を赤くした幹彦くんは嬉しそうな恥ずかしそうな顔をして笑った。きゅううんと胸の奥が苦しい。ああもう、大好き。


「あのさ、今週は締切があるけど」
「そうだね、私手伝うからね」
「ありがと。それで…よかったら締切のあとに、出かけない?」
「もちろん!」


幹彦くんの誘いに私が断れるわけ無いよ。今週は彼の手伝いをするつもりだったから予定はある意味詰まってるけど、幹彦くんの前では無に近い。突然のお誘いにルンルンとしている私に、幹彦くんが椅子から降りてこちらに近づいてくる。「どうしたの?」私の質問に幹彦くんは返事をくれずに、その代わりにキスをくれた。そのまま何回かキスを繰り返して見つめ合うと、ズルズルと私にもたれかかる。


「み、幹彦くんどうしたの?」
「なんかさ…ちょっと休憩したくて」
「…よしよし、お疲れ様、幹彦くん」


私の胸に顔をうずめるように抱きついてくる幹彦くんの頭をゆったりと撫でる。シャンプーの匂いに混じって彼の匂いがしてきて、思わず頬がゆるんだ。かわいいなぁ。締切もきっと危ないだろうけど少しの時間くらいならいいよね、あと10分くらいしたら起こしてあげよう。そろそろ頑張ろうなんて言って、ほっぺたにキスして、今度は私が軽く抱きしめてあげよう。


「俺もさ、普段こういうアシスタントみたいなことさせちゃってるけどさ」
「うん」
「ちゃんと好きだから」
「…うん」


言うのは慣れたのに、言われるのにはまだ慣れてないみたいだ。カアッと火照る顔は見られてないからいいけれど、ちょっと恥ずかしい。


「あ、なまえの心臓速い」
「えっ、あ、やだ」
「もっと速くなってる…かわいい」
「やめてよ…もう…」


自分でもわかるくらいに心臓が速いし顔も熱い。もう一度前言撤回。やっぱり私も、慣れてない。慣れるなんてできない。幹彦くんといるとドキドキして仕方なくて、でももっと一緒にいたくなる。
幹彦くんの顔が近づいて、そのまま目を閉じた。どうしよう、私しあわせ過ぎて、明日には死んじゃうのかもしれない。







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