短編 | ナノ







ほんとうに、運が良かったんだなあと思う。

天哉くんと出会ったのは小学校の時だった。
私にはひとり、兄がいて、私立のいい小学校に通っていた。ブラコンだった私は当然のようにその学校に入る。

「ぼくは、飯田天哉だ。よろしく」

今思えば流暢な日本語を話していた。天哉くんは話し方や言葉遣いがきれい、かつ、自分の名前を漢字で書けたのだ。小学一年生で。
一方の私は、ガサツで適当で、野生児のごとく駆け回る兄の影響を……真夏の日差しをサンサンと浴びるひまわりのように受けてきた。親戚中でよく私立に受かったね、なんてもっぱら話題だったらしいし、今も言われる。だからそんな彼にとてつもない衝撃を受けたのだ。





「すまない、待たせたな」
「本読んでたからダイジョーブだよ」
「そうか。今は何を読んでるんだ?」
「んーとね、完全教祖マニュアル」

私の答えに思い切り吹き出した天哉くんは(こういうリアクションの大袈裟すぎるところが私は大好き!)何を目指してるんだ!と慌てながら捲し立てる。
別に教祖を目指しているわけじゃない。たまたま目について、面白そうだからと読んでみたのだ。

「なんだと思う?」
「教祖とか言うなよ、どういった反応をしたらいいのかわからないからな」
「そうだね、じゃあ教祖は諦めよっかな」
「当たり前だろ!」
「あーあ、私の目標がこんな形で終焉を迎えるとはなぁ……」

私の言葉に天哉くんはとても申し訳なさそうに謝って、ブツブツと何かをつぶやき出した。
「折角見つけた彼女の夢を否定するなんて」とか「教祖といっても一概に悪いとは言えない」とか。そういう感じのことを段々と思い詰めたような顔になりながらつぶやいている。

天哉くんはすぐに私のことを信じる。私がこうやって小さな嘘をついて彼を遊ぶのを、もうずっとしているのに、それでも私の言うことは何でも信じてくれる。
私は天哉くんが大好きだ。
私のことを無条件で許してしまうくらい甘くて、けれど正義感が強くて曲がったことが嫌いで、何事にも一生懸命で。

「ちゃんと責任とってね」
「ああ!なにかなまえが向いていそうな職業を一緒に考えて…」
「いやいや。責任とって……って意味、わかってる?」

少しハッとして、そしていつも通りの顔に戻った天哉くんは、眉一つ動かさずに続ける。

「責任も何も、もとよりそのつもりだが」

私のことを信じてくれる彼を、私は大好きだし信じているから。これが嘘じゃないってことくらいわかる。

「すき」

そうやって当たり前だって顔をして、同じように好きだと言って私の手をとる。こんなに信じることの出来る人が隣にいるって、ああやっぱり私って運がいい。









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