短編 | ナノ







私達の関係を知っているのは、ほんのひと握りしかいない。
すべてが始まった日に彼の口から「秘密にしよう」と告げられたから、特に誰からも聞かれないから、だから私はこの"秘密"をできうる限り守っている。……まあ、親友と呼べる子にはその日のうちに打ち明けたのだけれど。


「おはよう」
「おはよう」


廊下側、ドアのすぐ近くにある私の席を通る時、織田くんは挨拶をひとつ、くれる。私と織田くんの、唯一と言ってもいい、数少ない絡みである。
私達は付き合ってはいるけれどそれらしいことなんかほとんどなく、朝早く、駅から学校へ向かう道のりを一緒に行くくらいだ。その間の会話の内容なんて学校の話が5割で部活の話が4割だ。残りの1割は当たり障りのない……例えば今日はいい天気だね、みたいな話なので、もはや付き合ってるとも言えないのかもしれない。
付き合うということ自体が初めてで、更に言うと誰かを好きと思ったのも初めてで、どういう風にするのが正しいのかよく分からないから。余計頭の中でぐるぐると織田くんのことを考えてしまうのだ。





「おーい!おい!こっち!!」
「え…あ、えっ?」


なんとなく手に取った駅の雑誌を見たら学校の近くのお店が紹介されていたため、なんとなく帰り道に寄ることにした。
ぱっと呼ばれた方を見れば一面に広がる海と空。ガードレールを下をのぞき込むと、ぶんぶんと手を振る荒木くんがいた。去年同じクラスで、たまにしか話さなかったのになぁ。それなのに話しかけてくれるなんて、荒木くんいいヤツ。
びゅうと潮風が吹いて、髪を抑える。その時に視線の中に入った彼に、ついてが止まった。本当に偶然で…だから、不意打ちの織田くんの姿にひどく胸が痛む。どうしようかっこいい。そう言えば浜辺で練習してるって言ってた、ああここだったんだ。


「珍しいこともあるな、お前んちこっちじゃねーだろ?」
「うん。雑誌に載ってたお店がこの辺にあるみたいで探してるところなの」


近くの階段から砂浜に降りて雑誌を見せ、荒木くんに経由を説明すれば私の丸めた雑誌を見てはフンフンと頷いたり首をかしげたりと忙しく動く。
休憩らしいサッカー部の面々は私なんかに気を取られる程余裕がないのか、思い思いに各自寝転がったり飲み物を飲んだりしている。織田くんは……知らない人と話をしていてちょっとさみしい。


「なあ、これ反対方向じゃねえの?」
「えっ?」
「これ多分場所間違ってるぜ、まあ地図の見方とかよく分かんねーんだけど……おーい!織田!」
「えっ?!」


場所間違いにも戸惑ったけど、な、なんで織田くんを呼んだのだろう…荒木くんの呼びかけに私より驚いている織田くんがこちらに駆け寄る。うわ…どうしよう織田くんが近い。しかも、メガネかけてない……


「何だ、急に」
「この店ってここら辺にねーよな?地図の見方とか織田詳しそうだから呼んだ」
「…確かに、これはここから逆方向だな」
「あ、え、やっぱり?ごめんね!ありがとう織田くん、荒木くん!」


どきまきしながらも平然を装いお礼を言うと荒木くんはニカーッと笑顔で私の名前を呼んで(びっくりした。突然だし、さっきまで苗字で呼んでたのに)背中をバシバシ叩きながら気にするな、元クラスメイトだろ!なんて言ってくれるのでジンとくる。荒木くんてほんとにいいヤツ……


「っお前」
「ん?なんだよ織田」
「俺だってまだなのに、なんでお前が」


荒木くんの株が鰻上りになったところで、織田くんが見たことないような怖い顔で荒木くんに迫る。え、ええー?困ったことに私には織田くんが何に怒っているのか、よくわからない。それは荒木くんも同じようで、急になんだよ!と声を荒らげる。


「なんでお前が、先に、名前で呼ぶんだ」
「……は?」
「あの、織田くんそれ」
「織田…お前、それヤキモチかよ」
「なっにを言ってるんだお前は!」
「織田くん!織田くん抑えて!どうどう!」


ヒエーッ!織田くんそれ私達の関係ばらしかけてるからね?わかってるのかな?荒木くんのひどいにやけ顔に気がついてないでしょう、織田くんてば顔赤くしていっぱいいっぱいって感じだもの。
けれどやっぱり嬉しくて仕方がない。ヤキモチ、織田くんが。信じられないんだよなぁ、いつも冷静でしれっとしてるからそういう感情的になる感じしないし。でも、でもでも。そういうことなんだよね?


「織田くん!私の名前でよければ好きに呼んでよ。名前の方が好きだし」
「だってよぉ?よかったなあ織田くぅん?」


荒木くんの茶々に私まで恥ずかしくなってくる。顔が熱いのは陽射しのせい、なんてだめかな。織田くんは何も口にしないで鬼みたいな顔をしている。けれど私は知ってるのだ。鬼みたいな顔をしてるときは彼がすごく照れている時だって。
突然ぐっと肩周りに重さを感じがっと引き寄せられる。織田くんじゃなくて、荒木くんに。めをぱちくりさせる私と織田くんをほっといて荒木くんはぼそぼそと耳元でつぶやいた。


「お前らのこと、ここにいる全員知ってるぜ」


え、声が出る前にばっと織田くんに引きはがされた荒木くんは舌を出して楽しそうに笑った。ふと周りを見ると知らない人たちばかり出けれど、なんとも言えない顔で私達を遠くから見ている。その中に私の知っている顔、例えば兵藤くんとかもいて、目が合うとニヤァ…といやらしい笑みをこちらに向けた。


「そ、それじゃあ私行くね」
「なんだよー!もっといればいいじゃんか。知らない奴が見てる方が気合入るんじゃね?あっ!織田は気合が入りすぎるか!アハハハ!!」


荒木くんは織田くんを煽るのが上手すぎる…思わず頭を抱えたくなった。周りにバレバレなら、もういいかな。隠す必要なんてない。片思いしてた時よりもずっと素直に好きと伝えられる、態度に出せる、そんな仲なのだから。


「ごめんね荒木くん、今日は帰るね」
「おう」
「今度はちゃんと練習見に行くから……涼真くんを見に」


荒木くんをさっきまで睨んでいた彼の瞳が私に向けられる。多分顔はとっても赤くなっているだろうけれど、そういう恥ずかしさよりも自然と生まれた笑顔のほうがずっとずっと強かったみたいで、やっぱり私織田くんのこと好きだなぁと思う。名前を呼んだだけで幸せって思えるのなかなかないよ。ヒュウとどこからか野次が飛んで、それさえも嬉しく感じるくらいだ。


「じゃあね!練習頑張ってね!」
「……ッああ!待ってる」
「うん、私も」
「じゃあな、その…なまえ」


ずるいなあ、名前を呼ぶだけでこんなに好きにさせるなんて。






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