「あの、真田くん」
「…!」
「あっちょ、まって!」

沈黙を破ったのは私だ。それにハッとしてどこかへ行こうとする真田くんを引き止める。握ったままの手を引いて行かないで、というと怒ったような困ったような、よく分からない顔をしている。

「佐藤、授業が始まってしまうぞ」
「わかってるよ!でも、真田くんは保健室に行こう」
「何故だ。俺はどこも怪我をしていない」
「気を失うくらい、頭とかぶつけたんだよ?少なくとも次の時間は休んだ方がいいんじゃないかな…テニス部、大会があるんでしょ?」

もしそれに差し支えるようなことがあったら。そう思うと怖くて仕方が無い。真田くんは副部長だし、なおさらだ。私がテニス部のことを出すと驚いたように口を開け、そうだな、と言った。

「だが佐藤は授業に行け、いいな」
「…やだ、ついてく!」
「たわけが!なにを言ってる!」
「真田くんがちゃんと保健室に行くって保証はないもん。それに、」
「それに?」
「私の、せいだから…」

真田くんが倒れたって、未だに信じられない。この目でしっかり見たし、その原因であるのだけれど、やっぱり信じられないのだ。わたしは、そんなことをしでかしてしまったのだ。だからここは絶対に引かないし引けない。
その一言が効いたのか、真田くんは早くするぞとだけ言い、急ぎ足で廊下を進む。リーチの差から私はほとんど走っているようなものだけれど、それでも手は繋がれたままだ。








保健室前に着くと本鈴が鳴り響いた。私がノックをすると、真田くんが一歩前に出て扉を開いた。

「失礼します」

私と真田くんを見た先生は驚いた顔をしてどうしたの?と優しく声をかける。ハッとして真田くんから手を離し、身振り手振りで私が事故の概要を説明すると、先生は慌てて真田くんを椅子へ座るように言い、私達の名前とクラスを聞いた。大丈夫よ、とだけ言って微笑み、どこかに電話をかけている先生はなんだかすべて見透かされているような、そんな感じがした。

「二人のクラスには電話しておいたから、この時間は休みなさい」
「わ、私もですか?」
「当たり前でしょう?あなただって階段から落ちたのよ?どこか痛めてない…なんてこと、言いきれないんだから」






先生に見てもらった真田くんは氷のうを頭に当てて、病院にあるような黒いイスにしゃんと姿勢を正して座っている。
先生曰く、心配することはないけれど、今日一日運動は控えろとのこと。それを聞いた真田くんは目を見開き、バツが悪そうに返事をした。部活、大切なときだろうに。心がぎゅっと苦しくなる。

「ごめんね、本当にごめんね」

鼻の奥がツンとするけれど気合で押し込む。こんなところで泣かれたって困るだけだ。ギュッと手を握り締め、うつむくと先生から声がかかる。そんなに強く握ったら痛くなっちゃうわよ、なんて言われても、手を緩めることはできない。緩めたら、涙がこぼれ落ちてしまいそうだ。

「佐藤」
「…なに?」
「気に病むことはない」
「そんなの無理だよ」
「元はといえば俺にだって原因があるのだ」

こうなったのも俺がたるんでいたということ。そんな優しい言葉をかけられると、私はダメになってしまいそうになる。必死に涙を堪える顔はひどく醜いだろう。何も言わない私に痺れを切らしたのか、佐藤と喝を入れる時のような声色で呼び、先程まで繋いでいた方とは逆の手首を掴んだ。

「いッ、!?」
「お前のせいではないのだから絶対に気にするんじゃない、わかったか!」
「いっ…たぁい……ッ!」

真田くんに掴まれた手首がめちゃくちゃ痛い。一瞬白目になるくらいの激痛が走る。びっくりして涙も引っ込んだ。
まさかこんな反応が返ってくるとは思わなかったのか、真田くんは慌てて手を離す。掴まれた箇所を見ると紫にうっ血していて、思わず情けない声が出た。

「さ、真田くんってすごいパワフルなんだね…」
「すっすまない!まさか婦女子の体かそこまでもろいとは思わずこんな傷をつけるようなことを!!」
「…茶番劇は終わった?ねぇ佐藤さん、あなた落ちたとき手をつかなかった?」

呆れた顔で私達の会話を遮る先生に言われ、思い返すと、確かに手をついた。あの時は気がつかなかったけれど、もしかしてそれが原因なんだろうか。

「そういえば…」
「ならその時に捻挫しちゃったのね。うーん…こっち利き手?」
「いえ、違いますけど…」
「そうなの、良かった。…いや良くはないんだけれど、これ、重い捻挫だから1ヶ月は湿布して、固定。安静にしてお風呂に浸かるのは2日ほど控えるように」

絶対に温めちゃダメよ、と釘を刺す先生に目を丸くして手首を見る。捻挫するとうっ血するんだ…なんてどこか抜けたことを考えていると、真田くんが手を離した格好のまま私に声をかける。

「佐藤には、悪いことをしてしまった」
「大丈夫だって、こっちは利き腕じゃないしさ」
「しかしだな」
「お前のせいではないのだから絶対に気にするんじゃない、わかったか!…さっき真田くんが言っていた言葉、そのまま返すよ」

へらっと笑うと真田くんは手を目の前に出し、少しためらった後、乱暴に頭をもみくちゃにした。うわ、セットが崩れる!止めようとする私に構わず撫でくりまわす真田くんは、初めて見るような穏やかな、優しい顔をして微笑んでいて、柄にもなくときめいてしまった。


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