ずるいひと




「…びっくりした」
「奇遇だな、俺もだ」
「絶対にクラス離れちゃうと思ったんだけどなぁ」


私達は最高学年である3年生になった。玄関前に張り出されたクラス表を見れば、離れるとばかり思っていた私と橘くんはまさかの同じクラスで、びっくり反面すごく嬉しい。


「今年もよろしく」


声が揃って、二人で笑った。

私たちがこの学年に上がるまでにいろいろな変わったことがあった。
まずはテニス部の新人戦不参加、そして新しいテニス部の設立。申請があっさり通って驚いていた彼らの顔はすごく面白かったなぁ、大事にはなったけれど事件の本当のあらましを知っている先生は少なくないし、そもそも態度が悪いと教師の中で問題になっていたから楽ちんだった。
まあ私は…新任投票ばかりの生徒総会で副会長になったり先生に媚を売ったり…たまにテスト前に橘くんの勉強をみてあげたりして、そんなことを繰り返していたらさらりと季節は流れて、もう暖かな春だ。


「教室まで一緒に行く?」
「ああ、それもいいな」
「そうだ、ねえ宿題ちゃんとやった?3年生は受験あるから春休みも宿題あったでしょ」
「…名前」
「やだよ私、見せないからね」


変わったことと言えばもう一つ、橘くんの私の呼び名を名字から名前に変えたこと。ある日突然言われてそりゃもう驚いたけれど、けれどそれほどまで仲良くなれたと思うと嬉しい。……橘くんも名前で呼んでいいって言ってくれたのだけれど、どういう訳か恥ずかしくて。私はまだ橘くんのままだ。


「…見せはしないけど、教えるくらいならいいよ」
「俺、ほとんどやってないがいいのか」
「半年も一緒にいればそれくらいはわかってるよ。それを見込んで言ってるの」
「さすがだな…なあ、頼まれついでにもう一ついいか」
「どうせ私が断らないってわかって聞いてるんでしょ。で、なに?」
「テニス部のマネージャー、やって欲しい」


橘くんはいつも急だ。いつも急になにかやらかすから、だから私はいつもハラハラして…けれどそれでも目を離せないのは、彼が私にとって"特別"だからだろう。


「私、生徒会の副会長になったんだけど。部活出られない日も出てくると思うよ」
「それを見込んで言ってる」
「…ずるいなあ橘くんは」
「ずるいのは名前だろ」


私にとって橘くんは特別。けれどそれは友達のそれとも、恋愛感情とも違う、なんとも言えない所にいる。だから橘くんは私にとって特別なのだ。
この気持ちを「友情」とひとくくりにするのも「恋」とまとめるのも何かが違う気がして、もったいなくて。はっきりさせない私は確かにずるいのかもしれない。でもそれは橘くんだって同じだ。私達はどっちつかずのまま進んでゆくのだろう。


「いいじゃん、ずるいもの同士で」
「悪くはないな」
「マネージャーかぁ…うん!なかなかいい響きだよね。いいよ、少しの期間しかないけど…」
「ああ、頼む」
「でもさ、私からのお願いも聞いてよね」
「なんだ?」
「私にテニスのこと、ちゃんと教えて?それと…全国まで連れてって欲しいな」


私の代り映えしない毎日に色をつけたのは橘くんだった。きっとこれからも橘くんに染められて、橘くんの見せてくれた世界の中で生きるのだろう。ああ、なんだか贅沢で、それも悪くないなぁ。


「もちろんだ」


どちらとも言えない私達はとても中途半端で、だからこうやってお互いに隣に立てるのだろう。橘くんとの関係は、きっともう元に戻れないくらいには複雑にねじれ曲がっていてもう私達は前に進むしかできないのだ。今度はきっと彼が見せてくれるだろう全国大会と言う名の夢をさらに絡ませて、ねじれて強く太く、つながってゆく。


「でもまあ、マネージャーの前に宿題よね」
「…それに関しては、本当、頼む」
「仕方ないなぁ桔平くんは。教室についたら見てあげるよ」
「名前、お前」
「…行こう、桔平くん。始業式始まっちゃったら困るもん」
「…ああ!」




prev next
bookmark back


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -