信じているから悔しいのだ




「桔平くんのクラスメイトの名字と申します。本日配られたプリントを届けに、それと連絡事項を伝達に参りました」


インターフォンに向かって少し練習していた言葉を告げれば、返事は返ってこないもののガチャリと鍵の開く音が鳴る。


「昨日ぶりだね橘くん、もちろんお部屋には入れてくれるんだよね?」


ドアを開いたのは橘くんだった。私の言葉に彼はそうだな、とだけ言って奥に通す。私は怒っている。わざわざ彼に会うために通学路でもないのにプリントを届けにくるほど、怒っているし辛くもある。
私が生徒会の議題にテニス部の話を出し、一度先生たちや生徒を交えて話し合いの機会でも、なんてことになっていた頃。橘くんはなんと頭の抱えたくなることか、上級生や先生たちと殴り合いになった…そうだ。そして次の日学校に来てみれば橘くんは停学になっていて、あまりの出来事に目の前が真っ暗になったのを今でも簡単に思い出せる。



「私今すごく怒ってる」
「開口一番がそれか」
「今日ね、教室の話題は橘くんで持ち切りだよ、先生を殴って停学だ…って。びっくりしちゃった」
「悪いな、お前にはいろいろと迷惑かけて」


なんだか突き放すみたいな言い方に胸がちくんと痛む。泣いてしまいそうなのを堪えて、けれど瞳は橘くんから逸らさずにしっかりと捉えて前を向いた。


「私はすごく悔しかった」
「どうしてお前が悔しがるんだ」
「橘くん、あれだけボコボコにされてもやり返さなかったのに、先生に殴りかかったなんて絶対に何か事情があったんでしょう。それなのに周りは橘くん一方が悪い、って感じになってて。まずそれが悔しかった」
「どうしてそう言いきれるんだよ、そんなに信じてもらえるほど、俺はできたやつじゃないぞ」
「それでも…私の知ってる橘くんは方言がちょっと出るくらいで照れるかわいい面があるのに真剣な目をして芯はまっすぐで、クラスにすぐ馴染んじゃうし、私の世話なんかいらないくらいで…ちょっとしか一緒にいないのに橘くんがいい人だっていうのは、簡単にわかるよ」


橘くんは信じたくなる人だった。無条件で信じて、できるのなら力になってあげたくなる、そんな人。彼は私の力なんていらないだろし、そんなものなくてもきっと大丈夫。けれど傍から見ると彼の進む道は少し不安で。


「名字は馬鹿だな」
「…私、少なくとも橘くんよりは頭がいいと思うんだけれど」
「いや、馬鹿だよお前は。こんなやつを馬鹿みたいに信じて怒ってさ、しかも、涙まで流して」
「え…?私、泣いてる?」


頬に触れると確かに濡れていて、ああ本当だ、私はいつの間に泣いていたんだろう。一度気がついてしまうともう止まらなくて涙はとめどなく流れて、私の頬を伝ってゆく。


「俺は名字の前だとかっこ悪いとこばかり見せてるよな、ほんと。しまいには泣かせるし」
「ね、とんだワルだよ橘くん」
「だな。…ありがとう」
「お礼言われるほど、私なにかできてる?」
「充分だ」


その言葉が嬉しくて。私の悔しさやイライラはすうっと溶けて消えてしまった。そして私はついに堰をきるようにわんわんと声をあげて泣いて、それを橘くんは困ったように宥め、笑いながらありがとうと繰り返した。そんなにお礼を言われるようなことを私はしてないよ。ついこの間も見た気がするのに橘くんの顔は前よりもスッキリとしている。


「信じてくれる奴がいるってわかってはいるけれど、それでもこうやって言ってもらえると安心する」
「橘くん…」
「停学開けたらきっと名字に思い切り迷惑かけるぞ」
「どんとこいだよ、私は先生からも頼まれてるしね。面倒見てやれって」
「…もしかしてそれだけでここまで」
「そんな訳無いじゃん!」


私が思わず吹き出して笑うと橘くんは面食らったような顔をして、そして同じように笑った。そうしてしばらくするとお茶も出してなかったな、なんて言って席を立ち、気がつくと私は出されたお茶をお代わりし更に橘くんの勉強まで見ているのであった。



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