静寂とはなんだったのだろうか



朝早く学校に行って、誰もいない教室にいるのが好き。静かな時間に課題をやったり予習なんかしてみたり、だんだんと増えてゆくクラスメイトに挨拶して、ちょっと話題になっている本を読んだり、それをやめて友人とおしゃべりしてホームルームまで時間を潰すのが好き。


「名字はいつも早いな」
「あっ先生、おはようございます」


先生に向ける挨拶は落ち着いて、けれど笑顔は子供らしくするのがいい。何って、ウケが。先生に好かれなければ私はこの先の未来設計が崩れ落ちること間違いなしなのだ。だから内申点と推薦のために私は先生に媚を売ることをやめることはできない。


「丁度よかった、名字になら安心して任せられるな」
「私にですか?なんでしょう」
「今日から転向してきた橘…ええと」
「桔平です」
「そうだった、コイツに学校を案内して欲しいんだ」
「もちろんいいですけど…」


中2のこの時期に転校なんて、なんだか大変そう。一番楽しい時期なのに…うーん、家庭の事情というやつなのか。
軽く自己紹介をして案内をするために荷物を置き、教室から出ようとする。簡単に、使うところだけでいいかな。朝早いと言ったって今日は出席番号的に当たらないとも限らない、予習をしておきたい。


「そうだ!どうせだから橘の隣を名字にしてもいいか?そうすればいろいろ楽だし橘も助かるだろ」
「あ、はい。私は大丈夫ですよ」


ちょっとめんどくさいと思ったのは秘密である。







この橘という男は、寡黙な男だった。まず何も話さない。私が話しかけるとようやく二三言返す程度で自分からは何も。私だって初対面の男子に話しかけるのは、結構勇気いるのに…感じ悪い…


「…あ、そうだ。橘くんは何か部活やってたの?」
「ああ」
「へぇ!野球部?」
「テニス部だ」
「え!?テニス!?」


なんだか意外で、思わず聞き返した。だって坊主頭で背も高くて見た目通りのスポーツと言ったら野球っぽいのに。


「うちの学校部活強くないんだけれど、橘くんの登場で結構変わるかもね」
「そぎゃんことなかとよ」
「…あるかもよ、ほら、ニューカマーとか、新しい風的な……ん?橘くんどうしたの?」


急に橘くんが立ち止まるのでどうしたんだろうと顔をのぞき込むと、あれ、赤い?私なにかやっただろうか?やってない。


「方言が出るから、あまり話さないようにしてたんだが」
「なんだ、そういうことか」
「普通に流してるし」
「別に方言くらいいいじゃない、なんとなくだけど言いたいことわかるし」


だから口数が少なかったの?変なところ気にするなぁ…いや、もしかしたら私だって方言があったら同じ感じだったのかも。どちらにせよ私には良く分からないけれど、橘くんは何かが吹っ切れたのか私にお礼を言ってクシャリと私の頭を撫でた。う、わ…男子に頭撫でられたのとか初めてだよこれ…


「……」
「ん?どうかしたか?」
「その…あまり女子の頭、撫でない方がいいよ」
「ッすまん!妹がいるもんだからつい…!」
「別にいいんだけれどね」


別にいいんだけれど、ただびっくりしたというか…焦ってる橘くんが面白いのでひとしきり笑った後、また学校の案内を始めた。まだ時間はある。今度は二人、話しながら人気の少ない廊下を歩いた。





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