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▼ 夢ごこち、油断大敵

「お疲れ様」
「…どーも」


今日も今日とで真田から逃げるように走り、クタクタになった私を形だけ気づかう友人にお礼を言って席に着く。途中で真田が用事を思い出したらしく「みょうじ!用事があるのでここまでだ!」と廊下で叫んだため、はあはあと息を切らして教室に一足先に帰ることとなった。私と真田の追いかけっこは有名になりつつあり、追いかけっこの勝者で賭け事をしたり先生から意味もなく風紀を乱さないように怒られたりと散々だ。ちなみに9:1の割合で真田が勝つので賭けとしては微妙すぎると何故か私か怒られる。


「熱心よね、真田くん」
「ものすごく迷惑だけどね」
「パンツを見せて欲しいんだっけ?なかなかストレートな変態よね、いまどき珍しいんじゃない?」
「はた迷惑すぎる…」



私と真田の追いかけっこの詳細を知っているのはごく一部で、悲しいことにそれを知っている人間全員が面白がって止めてくれない。一度真田の所属するテニス部の部長である幸村くんにどうにかするよう頼んだが笑顔で「アハハ、真田も隅に置けないなぁ!みょうじさんも頑張ってね、あいつ体力は馬鹿みたいにあるから」とまったく解決しなかった。


「でもさ、なまえって前に真田くんかっこいいとか気になるとか言ってたじゃん」
「うわっ!やめてよねそんな昔の話!」
「ぶっちゃけ今はどうなの?実は好きな人に追いかけられてウハウハとか?」
「好きなって…」


確かに追いかけられる前までは気になる男子ではあった。今はどうだろう。パンツを見せろ、蹴ってくれと頼み込むただの変態である。真田は確実に頭がおかしくなってしまったようだ。


「でもまあ、確かに真田のこと、ちょっとは好きだったけど…」
「だって、よかったね真田くん」
「は?」
「みょうじ…お前…!」
「ハァーッ!?」


やられた、まんまとやられた!いつの間にか私の後ろに立っていたらしい真田の顔は仄かに赤くて、にょきっと出てきたやつの腕にガッツリと肩を掴まれ、私はもはや涙目である。ああもうやめてくれ!

一目散に真田の手を払い廊下に駆け出すと、ああ、またいつもの追いかけっこが始まった。既に私の体力はカツカツでしんどい。真田に追いかけるなと言ってもどうせ聞いてくれないので、私はこうなったらもう走るしかない。もう二度と真田について学校で語るもんか。後ろから私の名前を呼ぶ声がだんだんと近づく。捕まったらいろんな意味で死ぬ。だから私は絶対に逃げ切らなくちゃならないのだ。曲がり角を勢い良く曲がり、減速することなく突き進んでゆく。


「ッみょうじ!」
「えっ…え?」


浮いた。体が空中に一瞬浮いた。思い切り後ろに引っ張られなかったら、私…足元を見ると階段で、ああ、落ちるところだったんだ。呑気な考えとは裏腹に血の気はさっと引く。もし落ちてたら、私はどうなっていたんだろう。考えるだけで恐ろしい。
固まる私をほぐしたのは頭の上からかかる声だった。この声、真田の声だ。みょうじと私を呼ぶ声をこんなに近くで聞いたのは、多分こいつに理由を聞いたあの日以来で、まさか変態野郎の声を聞いて安心する日が来るとは思わなかった。私の腰周りにある腕や、背中を包む温かな体はきっと真田のものなんだろう。


「平気か」
「え、真田、なんで…遠くにいたのに…」
「あれくらいの距離すぐに追いつくに決まっているだろう」
「嘘…ならなんでいつも」
「お前と一緒にいられるのならば、と思いいつも一定の距離を保ちながら後ろをついて回ったのだ」


手を抜かれていたのか、私は。そりゃそうだ。私なんかよりも真田はずっと足が速いのだから、私に追いつこうと思えばいつだってできていた筈である。理由は相変わらず変態だけれど…ちょっとときめいたのも事実だ。くやしい。


「どうした、お前の心音がやけに早いが」
「ばっ…全力疾走したからだし!バーカバーカ!!」
「なるほどそういうことか」


お前にドキドキしたとか、そういうんじゃないんだからね勘違いするなよ真田。まあ納得してるみたいだけどさ!


「あのさ、いつまで」
「なんだ」
「…やっぱなんでもない」


いつまで抱きしめてるの、なんて聞こうと思ったけれどやめだやめ。助けてもらったんだから、たまにはサービスしてあげよう。こんなの多分絶対ないから泣いて喜べばいい。別に真田の体温が落ち着くとかそういう訳ではない。ただもう少しならこうしててもいいかなって…


「…柔らかいな」
「ッ贅肉ばっかりで悪かったわね!」


やっぱりさっきのは無しだ!肘を鋭く真田の腹に打ち込み、階段から落ないようにそっと真田から離れる。鳩尾に入ったのかぷるぷると震える真田の口からは「いい…肘だ…」という褒め言葉が呟かれ、熱い吐息が漏れている。このパターンどこかで…


「もう一度この俺の鳩尾にその肘を入れてくれないか!」
「ほらやっぱりね!」


世界のどこにもお前みたいなフラグクラッシャーはいないだろうよ、真田!後少しだけでいいからまともになってくれればなぁと思うけど、きっとそれはかなわない夢なんだろうなぁ…真田の鳩尾に肘ではなくアッパーを入れると少しぐらついたあと嬉しそうに私の名前を呼ぶ。今日は何回真田に名前を呼ばれたのだろう。はいはい、なんて適当に返して真田を見ると、そりゃまあイイ顔をしていて…これが鳩尾を殴られた時の顔でなかったらどんなにいいことか。なんだかんだ付き合ってやる私も、コイツほどとはいかないけれど、それなりに変態なのかもしれない。…認めたくないけど。

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テーマ「人外ファンタジー」
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