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▼ precious time

雨の音と廊下を走る運動部の足音。窓を締め切っているからか妙に響いて聞こえる。雨の日くらい休めばいいのに、なんて思うけれどそうも行かないのが運動部らしく、どの部活も筋トレやら走り込みに精を出している。まったくご苦労なこった。


「…ねえ橘、部活行っていいよ」


私の目の前にいる男、橘も本来ならそのご苦労な人に分類されるはずだった…のだけど、悲しいかな家庭科の実習班である私だけ課題がまるっきり間違っていたため、班長である彼がつきっきりで面倒を見てくれているのだ。すまないとは思うが私だって一生懸命やってこれなのだ。勘弁して欲しい。だからこそあんな言葉が出たのだ。流石に二回目なら自分ひとりでも行けるような…気が…しないな…


「先生から任されたんだ、最後まで教えるさ」
「…ありがたい」
「それにこのプリントは食物の分類を理解していればすぐに終わる」
「えっ!?これすごい難しかったけど!?」
「…まあ、こんにゃくを穀物だと思っている人間には難しいかもしれんが…」


い、痛いところを突きやがる…そもそも私は家庭科なんで苦手なのだ。食べるのは好きだけど作るのは嫌いだし、縫い物も大嫌い。調理実習で使う食材を分類別に記すなんていうこのプリントだって四苦八苦しながら解いたけど、かなり難しかったよ!?


「ちなみにこんにゃくは芋類だ」
「い、芋ォ!?あのプルンプルンしたやつが!?」
「芋だ」
「わっ…けわかんない…」


そんなものわかるわけない。橘はそのまま原材料が芋だからという説明を私にしたが、そんなこと言われたってわかるわけ無い。むしろ知ってる橘がすげーよ。


「やっぱ、家庭科は嫌いだわ。頭が痛くなりそう」
「あと少しだろ、ほら頑張れ」
「大体なんでこんな居残りしなくちゃならないのよ…間違ってた人は他にもいたのに…そんなに私のやつってひどいの?なんなの?」
「急に深司みたいになったな」
「深司って誰よ」


訂正されて行くプリントを見ながら橘とぽつりぽつりと会話をする。橘とこうやって話をするのって初めてだけれど、割と話しやすい奴なのかもしれない。


「まあお前は家庭科ができなくても平気だろ」
「なんで?私自慢じゃないけどよくひどい嫁になるって言われるよ?」
「まったく自慢じゃないな…みょうじはパソコン、得意だろ」
「え?まあ得意っちゃ得意だけど…」
「俺はパソコンがどうしても苦手でな。打つ時なんかこうだ」


そう言いながら二本の人差し指を出して机をキーボードに見立てて打つ真似をする橘は、パソコンに慣れてないのが良く分かる。こいつはなんでもできちゃうようなイメージがあったけど案外そうでもないらしい。


「こりゃあひどいね、今度は私が教えてあげよっか?」
「ああ、頼りにしてる」
「…うん、思いっきり頼ってよ」


頼りにしてる、なんた言われたのっていつぶり?あ、やばい、ちょっと泣きそうかも。もしかしたら初めてかもしれない。ちょっと照れくさくて、でも嬉しくて、目の奥のじわりとする感覚をこらえようとして目を細める。少し落ち着いてきたかも。原因である橘のほうを見るといつもの顔で私を見ていて、それが何故か恥ずかしかった。


「そう睨まなくても頼りにするさ」
「に、睨んでないし!!」
「しかし…頼ってか、いつもは頼られることが多いからな、変な感じだ」
「確かに橘後輩から慕われてるもんね」
「まあ悪くはないな」
「慕たわれていやって思う人って少ないんじゃない?」
「…そっちじゃなくてだな、その、言ったろ。頼ってって。それだ」
「えっ」


なんだか意外でもう一度橘を見ると、今度は彼の少し日に焼けた頬が赤くなっていて、それもやはり意外で、今度はつられた私の頬が赤くなる。別に恥ずかしいことを言ったわけでもなければ変なことを言ったわけでもない。なのに何故か私の体温はどんどんと上がっていくもんだから困る。


「…いつでも頼っていいよ、わ、私でよければ」
「随分とかっこいいことを言うんだな」
「ばか」
「頼りにしてるよ」
「…ばか」
「それと、だ。みょうじも頼ればいい…俺でよければだが」
「うん、頼りにしてる…で、早速だけどさ、油揚げの分類ってどこ?今度こそ穀物?」
「油揚げは豆類だな」
「そっか豆か…豆!?」

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