諭吉記念企画 | ナノ




「あ!おはよう千歳くん、今日は朝からいるんだね」
「白石にどつかれるたい、朝練に出とったよ。おはよ名字さん、今日もむぞらしかね」
「なんだっけ、むぞらしか…」
「元気がよか、いう意味たい」
「そうそれ!千歳くんもむぞらしかだねぇ」
「…名字さん、これ女の子に使うんよ」


隣の席の千歳くんは今年転校してきた男の子だ。そして同じく昨年転校してきた私は先生に「転校生同士やろ?痒いところに手が届く的な感じで面倒見つつ上手くやってくれ」とアバウトかつ面倒事をもろくそ押し付けられたのだ。
はじめこそは先生を恨んだし、千歳くん首が真っ直ぐになるくらい見あげないといけないくらいバカでかいし、そらもうコンチクショウなんで私がやらなあかんのだ!!とやさぐれていたのだが…千歳くんの何故か放出されているマイナスイオン的な…こう、癒しオーラ?により荒んだ心も吹っ飛び、今では一番中のいい男子である。


「千歳くんも元気たいね!よかたい!」
「むぞらしか。ばってん発音も使い方もなっとらんばい」
「て、手厳しい…熊本弁だっけ?難しいね…いろんな意味で」


語尾に何かがつく程度ならわかるけど、例えば…そう、むぞらしか?とか原型すらない言葉はまったくわかんないし。私の言葉にしょんぼりという言葉を体現しているような顔をして肩を落とす千歳くん。わ、悪気はなかったんだけど傷つけてしまったのだろうか…そう言えば悪気がないのが一番タチが悪いっていうな…


「あの、千歳くん」
「名字さんは俺ん言葉、苦手ね?」
「え?」


まさかそんなことを聞かれるとは思わなかったので疑問系で返す。苦手じゃない、千歳くんの熊本弁はやさしくて好きだ。彼の言葉を聞くと落ち着くのは、きっと彼の隣にいるのが穏やかだから。…と全部素直に告げるのは恥ずかしいものがあるので、


「苦手じゃないよ」


だけで勘弁して欲しい。いろんな意味を詰め込んだこの言葉だけれど、それが通じたのか通じてないのか、千歳くんは不安そうな先程の顔とは真逆に、そりゃもう輝かんばかりの笑顔を私に向けた。うんうん、千歳くんは笑ってる方がいい。


「すいとうよ」
「ん?んんッ!?」
「…これも通じにゃあ?」
「ええっと…水筒じゃないよね?その、これを自分で聞き返すのもあれだけど…」
「名字さんの考えとらすこんで間違いなか」


つまり私が、す、好きということでいいんだろうか…みんなのいる教室でなんちゅう大胆なことを…。あっけらかんとしている千歳くんはキラキラ笑顔のまま私に返事は?と催促してくるし、こんなのは初めてだし、ええと


「私も!その…すいとうよ!」
「名字さん…!」
「えへへ…」
「ほんに嬉しかね…ばってん発音がなっとらんばい」
「またか!!」


千歳くん熊本弁のイントネーションにものすごく厳しいな…ここの場面ではそう思ってもほっといて欲しかったぞ…


「あー…名字さんむぞらしかねぇ、こぎゃん惚れるんも仕方なかとよ」
「名字さん元気だなぁ…えっと、それで?」
「名字さんは可愛いなぁ、これは惚れるのも仕方がない…たい」
「え?あ、え、えっ??むぞらしかって元気なって意味じゃ…」
「あぎゃん口からでまかせたい」
「!?」


ちょっと待ってくれ、私の記憶が合っているのなら千歳くんよくむぞらしかって私に言っていたような気がするんだけど…全部それ可愛いって…かわ…


「よか反応たい。そぎゃん反応待っとったよ」
「…人が悪い」
「ばってん、俺ばすいとるね?」
「間違っちゃいないけど…」


癒しの存在だったのに何があったのか千歳くんは小悪魔よろしく、私の行動をすべて楽しそうに見ている。元々はこういう性格だったのだろうか…なんてやつだ。小悪魔か。小悪魔アゲハなのか。弄ばれてるぞ私。ああでも千歳くん素敵な笑顔だ…とりあえずこれから


「熊本弁勉強しよう」
「俺ば教えるんばどぎゃん?」
「なんとなくしかわからないけど遠慮しておきます」