諭吉記念企画 | ナノ




雑誌に載っていたお店に行ったのが悪かった。学校帰りに行けるんじゃないかな…なんて軽い気持ちで立ち寄ったら帰り道がすっかりわからなくなり、歩くに連れて人通りは少なくなり、気がついたら路地裏で怖いお兄さんに囲まれていました…私の人生、完ッ!


「いやぁほんと今お金ないんですよ…ケーキ食べちゃったし小銭が何枚かくらいしかないし…」
「でもよォ〜俺腕折れちまったしィ?どうにか落とし前つけなきゃだよなァーッ!?」
「落とし前より先に病院行ったらどうですかね、へへ」
「へへ、じゃねーんだよ!!」


なんてベタな展開なんだ。そもそも彼らとはすれ違っただけだ。50cmくらい間あったというのになんで腕折れるのか。エスパーなの?私超能力に目覚めちゃった感じなの?


「ってそんなわけあるかーい!」
「なんだこのアマ!身ぐるみ剥いで〇〇〇を□□で××にしてやる!!」
「ヒィーッ!?」


もう本当になんなんだよこれ、私なんにも悪いことしてなかったじゃん!?思わず後ずさりするとガンッと何かにぶつかる。ちらりと見るとビール瓶のたくさん入ったケースがいくつか置いてあり、後ろから逃げられそうもない。あ、ああ…どうしよう私、ここで戦闘になって勝てるだろうか…相手は3人だぞ…ひ弱な私でどうにかなる相手じゃないよなぁ…


「オラッ!覚悟するんだな!」
「ギェーッ!!ごめんなさぁい!!」


やるかやられるかならせめて一泡吹かせたい。うおおッ!お父さんお母さんごめんなさい私一足先に旅立つかも!
後ろにあるビール瓶を逆手に持ち、近づいてきた男の頭を思い切り殴る。がしゃあん!と大きな音とともにビール瓶は割れて、一緒に男も後ろにぶっ倒れた。よっ…しゃあ!これいけるかもしれねぇ!!


「オラァー!」
「グエッ!?」


そのままビール瓶を補充してもう一人に投げつける。オデコに底の部分がぶつかったのか小気味のいい音のあとにばったりと倒れる男。よぉし、あと一人だ!


「テメェよくもやりやがったな!?」
「ひえええ!!すみませんすみません!!」


世の中そううまくは行かなかった。胸ぐらを掴まれて宙ぶらりんである。こっ…わい…この人よく見たらお鼻にピアスしてるし…ワルだ…。こうなったもう奥の手を使うしかない。いや効くかはわからないけれど…


「誰が許すかよクソアマ!!」
「うわーっ!火事だー!!」
「えっ!?」
「隙あり!!」
「ッぐえ!?」


い、いけた!不意をついて金的しちゃう作戦見事に大成功だ!!うずくまる男を置いて全速力で駆け抜ける。あーもう二度と来るかこんなところ!さっさと帰って寝て忘れよう!!走って裏路地を進む私。追っ手はなし。これならきっと大丈夫!…ではなかった。なんと前からぬっと新しい男が登場したのだ。こんなのってないよ!白い学ランは見覚えのある、そう私の通う学校の制服で髪の毛は銀、そしてこの顔は正しくウチの生徒が名前を聞くだけで震え上がるであろう、亜久津仁ではないか…!!


「オイ」
「イヤーッ!?ごめんなさいごめんなさい!!」
「なにビビってんだよ」


ビビるなってのが無理だ。さっきの不良の方がずっとマシだ。わたしの脳裏を駆け巡る亜久津仁のひどい噂エトセトラを思い出してサァーッと血が引いていく。どうしよう超怖い。同級生にここまで怯える必要もない気がするけれど怖いものは怖いのだ。おしっこちびりそう。



「さっきまではあんなに威勢が良かったのによ」
「み、みてたんですか…」
「火事だとかなんとか言ってんじゃねーよ紛らわしい」
「ごめんなさい…」


亜久津仁になぜこんな説教をされなくちゃいけないのかわからないけれど言っていることは最もなのでただ頷くだけだ。はじめから見ていたらしい彼に助けろよとも思ったが突然亜久津仁が来て助けられても失神すると思う。恐怖で。


「まさか反撃するとは思わなかったがな」
「やられる前にやろうと思ったもので…」
「だからビール瓶か」
「はい…」
「…まあ、その心意気は悪かねぇ」
「えっ!?」


ま、まさかここで突然褒められるとは誰が予想したであろうか。亜久津仁に褒められるってナニコレ夢?こんな夢見たくはなかったけど。タバコをふかし(ワルだ)早く帰れと私に言う彼はヤンキーそのものだ。お前も早く帰れよ、とつっこみたいがもちろん無理である。


「…血」
「え?」
「出てんぞ、頬んとこ」
「うっそ!?わ…ほんとだ…」


ポケットに入れておいた鏡で確認すると、一直線にほっぺが切れて血が出ている。な、なんてこった…いつの間にこんな傷ができたんだ。顔は女優の命なのに。いや女優じゃないけど。


「女のくせに馬鹿やるからだアホ」
「ごもっともです…」
「傷残ったら元も子もねぇだろうがボケ」
「はい、そのとおりです…」


さっきから正論ばかり言ってくる不良だ。本当にこいつ不良か?…不良だ。失礼なことを考えているのに気づいてか気づいてないのか「オイ」と私を呼び顔の前に手をだ、うわっ殴られる!?


「…あ、あれ?」
「…やる」
「え?あの、ありがとうございます…?」


殴られると思ったら鼻スレッスレで拳は止まり、何かを差し出される。…ウエットティッシュだ。なんでこんなもの持ち歩いてるの亜久津仁。女子力の塊かよ。
受け取ると終始変わらない期限の悪そうな顔のまま、私の前から居なくなるヤツ。私もここから早く帰らなくちゃ。傷口をウエットティッシュで拭ったら地味に滲みた。
二度とこの街には来たくないけれど彼にはまた会いたいかもしれない。同級生のくせにアイツ学校来ないしな…ああどうやったら会えるんだろ。私も道を踏み外すしかないのかな。…それはちょっと困る。亜久津仁。ちゃんとこのウエットティッシュのお礼を言いたいけれど、次はいつ会えるのかな。ワクワクするのはどうしてだろう、わからないけど、私、また彼に会いたい。そして少しだけでもいいからお話してみたいな、なんて。

ちなみにぶちのめした不良が次の日私に舎弟になりたいと志願してきたこと、それを断りたまたま立ち寄ったスーパーに何故か亜久津仁が野菜売り場にて真剣に鮮度のチェックをしていたことは別の話である。